10年ひとむかし 30 <雪に対するリスクマネージメント>

小学生の頃に過ごした地域は、冬にはなんども雪が降りました。
小学生の腰のあたりまで積もって、雪の中をころげまわるようにして遊んだ記憶があります。
翌日ぐらいからは気温がぐっと下がって、積雪の表面が凍るとその上を歩くのも楽しみでした。
そして時に弱い部分があって、ずぼっと中に落ちてしまうのでした。


給湯器のない洗面所の水の冷たさや、水道が凍らないように注意しなければいけなかったことなど、不便はたくさんあったのですが、子どもの頃はやはり雪が降るのを楽しみにしていました。


大人になるにつれて、雪は楽しみよりは厄介なものに変わってしまいましたが、90年代に東南アジアから友人を連れて来た時に、雪を見て「この世のものとは思えない」という様子が印象に残りました。
熱帯では体験できないものであることは簡単に想像がつくのですが、雪そのものに感動する友人の表情に、私のほうが何か大事なことを失っているような気持ちになりました。
雪が降るとそのことを思い出すのですが、やはり初心までは戻れず、早く溶けて無くなって欲しいしできれば降らないでと思っています。


都内に住んでいて、記憶に残っているのが1990年代半ばにやはり十数センチぐらい積もった時のことです。
不思議とそのあとの記憶がプツリとなくて、ブログを書くことで雪の時に何を考えたか記録になっています。
こんなことを書きました。

背泳ぎ
雪明かりと光
大雪あれこれ
災害時の分娩施設での対応を考える 21 <吹雪と出産>
圧死予防のリスクマネージメント
水のあれこれ 31 <雨と雪の境界>


読み返すと、2012年、2014年、2016年そして先日の大雪と、2年ごとに印象に残るような雪の年があったようです。


<数日前からの予報が正確になった>


雪が降るといろいろとカオスになる関東ですが、それでも毎年、少しずつ対応がなされていると感じます。


今回、印象的だったことは予報の正確性です。
最近は、1週間単位で天気予報がわかるので本当にたすかります。特に、杖歩行で足が弱っている母のところへ出かける際には、雨や雪の日を避けるように計画を立てやすくなりました。
先週から、1月22日の予報を気にしていたのですが、最初は午後から雨マークでした。
それほどひどい雨量ではなさそうでしたから、この日に出かける予定をたてていました。


その3日ぐらい前だったでしょうか、雨マークから雪マークになりました。
それとともに、駅構内にも「1月22日は雪でダイヤが乱れる可能性があるので、不要不急の外出は避けてください」といった注意換気がされ始めました。


前日にはニュースでも「大雪の可能性」を何度も呼びかけていましたが、その日は10℃以上の暖かい晴天でしたから、翌日が大雪になるのは本当だろうかとちょっと疑っていました。
当日朝も、曇りで小雨が降り始めましたがそれほど寒くもありませんでした。
念のため、早い時間に出発して早めに帰宅するスケジュールで出かけました。


母が暮らしている地域は雪がよく降るのですが、到着した時点ではまだ小雨でした。
あちこちで除雪車などの緊急車両が配備されているのを見かけましたが、「やっぱり、予報はちょっと大げさだったのかな」と思ったくらいです。
ところが30分もしないうちに小雪になり、1時間ほどで積もり始めたので、予定より早く帰ることにしました。


途中の高速道路もどんどんと真っ白になっていきます。
都内に戻ったのが3時ごろでしたが、もう数センチ積もっていました。
それから2時間ほどしてニュースを見ると、あちこちの高速道路が閉鎖になったり、駅での入場規制の様子が映し出されていました。


あらためて、数日前からデーターを見ながら雪への対応がされていたことがわかりました。


その日の夜は、珍しく救急車のサイレンも2回も聴くことになりました。
あの雪の中で、さまざまな方が全力を尽くしてくださっていることにしんみりとしたのでした。


うまくいかないこともあったことでしょうが、きっとまた次に生かされていくのだろうと、大雪についての20年ほどの記憶を思い起こしたのでした。









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