「助産師の歴史」まとめ

ひとつのタイトルでいくつか記事がたまったままになっているものがあります。
なぜそのタイトルを思いついたのだろう、そのまままとめて良いのだろうかと逡巡することもあります。


助産師の歴史」もすでに5つほど、記事があります。
ただ、学問的な歴史の話では全くないので、このタイトルのままでいいのかなとまとめを作らないままでいました。
そのあたりの気持ちは、2018年3月18日の記事にもこう書きました。

歴史といっても学問的に検証された話ではなく、私が助産師として働いてきた30年はどういう時代だったのかを思い出しながら、記録しておいたほうが良さそうな動きを書いています。


でも最近、私が仕事を通して感じていることも歴史の一部になるのだと、確信をもてるようになりました。


例えば、「日本で助産婦が出産の責任を負っていた頃」で紹介した伏見裕子氏の論文に書かれていた「縫合と鉗子など、本来助産婦に許されていない処置を行うのはNさんにとって大きなストレスであり」といった一文もそうですが、半世紀前の助産婦がどのように働きどのような思いを持っていたかを、後世の人たちが拾い起こすことは本当に大変なことです。
「事実はどうだったのか」という関心を持ってくださる研究者の存在がなければ、この一言でさえ歴史の中に埋もれてしまいます。
現代の助産師でさえ、知り得ない事実を知ることがいかに難しいことでしょうか。


今はブログという当時の生活を垣間見るような記録を残す手段があるので、「その当時の動きに対してこんな考えを持っていたこと」を残すことができます。


それにしても最初の4つの記事は2012年、6年ほど前に書いた記事ですが、すでにもう、いったいいつの時代だろうと感じるほど古めいた内容に思えます。
あの頃はまだ、「正常なお産は助産師の手で」「開業助産所や自宅分娩を」という雰囲気が根強かったのでした。


それが現実社会のニーズからどれだけ程遠いものなのか、見誤る人も多かったのでしょう。
そして院内助産とかアドバンス助産師とか次々と新たな言葉を作り出しては現場の助産師を翻弄し、10年もすれば、また風向きが変わっている。それが現代の助産師の歴史なのだろうと思います。



助産師の歴史」のまとめ。

1. 記録に残しておきます
2. 幻の助産師法案
3. 女性学年報
4. 2011年に出された要望書
5. 会陰裂傷縫合術についての「既成事実作り」
6. 「3つの負の出来事」
7. 真の理解がなければ真の反省は難しい
8. 新しい酒は新しい皮袋に盛れ
9. 時代を見誤り、気持ちを変えられずにいる
10. あったことをないことにする

合わせて「助産師だけでお産を扱うということ」のまとめです。

1. 日本で助産婦が出産の責任を負っていた頃
2. 出産と医療、昭和初期まで
3. 産婆から助産婦へ、終戦後の離島での出産の医療化
4. 開業助産婦と嘱託医
5. 母子健康センター助産部門
6. 「役割は終わった」
7. 「公立助産所」のニュース
8. なぜ歴史の教訓が生かされないか

また、「助産とは」のまとめがこちらにあります。