運動のあれこれ  20 <森林の万能論>

先日の富士山麓の森林の歴史について検索していたら、「富士山国有林をめぐって」という特集が組まれた「林業技術」という専門誌の2002年4月号が公開されていました。


「わあ、やはり専門知識には手も足も出ないな」と斜め読みでしたが、あの1960年代から70年代頃の駿河湾沿岸の公害の時代に富士山周辺はひどい大気汚染で霞んでいたのに、あの森林がよくここまで維持されたと記憶がつながってきました。
そして「国有林」と一口に言っても、いろいろな機能があることを知りました。


さて、その冒頭に「森林の公益機能と施業計画論」という文があります。
タイトルを見ただけでは専門知識がないと何を言っているのかわからなさそうな内容ですが、内容は私の心にズキリとくるものでした。


そう、私自身の失敗学ともいえる指摘がありました。



<「脱ダム」の頃>


この「森林の公益的機能と施業計画論」は、その「背景」に書かれている2001年(平成13年)の「脱ダム論」の翌年に書かれたもののようです。

平成13年2月長野県知事田中康夫氏の「脱ダム宣言」は、多くのマスコミに取り上げられ、ダムは必要か否か、ダムに頼らない治水・利水計画が可能かどうかの議論が活発になされるようになってきた。折しも民主党の「公共事業を国民の手に取り戻す委員会(五十嵐敬喜座長)」は、平成12年11月「緑のダム構想」を打ち出し、河川行政の目標を「コンクリートのダム」から「緑のダム」に切り替えなければならないと主張した。


何事も、社会に声が広がるまでには数年、あるいは何十年も必要なことがあるのかもしれません。
私が、初めて五十嵐敬喜氏の名前を知ったのは、1990年代半ばでした。
当時、日本の政府開発援助(ODA)についての問題を指摘していた村井吉敬氏が、日本国内の公共事業との関係に目を向け始めた頃だったのかもしれません。
90年代半ばに開いたシンポジウムに、パネリストの一人として五十嵐氏を招いたことがあったと記憶しています。


私にとってはこちらの記事の「正義感と理想」に書いたような時期で、こうした「社会の問題」を切り開かれる方々に大きな影響を受けて惹きつけられていった時期でした。
そしてまだ、「ODA」も「公共事業問題」にも、マスメディアには関心を示す人が少なかった頃でした。


その頃、村井さんとダムを見て歩いたり波消しブロックを作っている会社を尋ねたり、いろいろな立場の方から話を伺う機会がありました。
2001年にこの「脱ダム宣言」がニュースなどで盛んに聞かれるようになった頃には、「話はそんな簡単なことじゃあないのに」ぐらいにまで私の見方が変わっていたのは、村井さんがあちこちに連れていってくださった機会があったからだと思い返しています。


<「森は万能」ではない>


冒頭の「論壇」の「保安林機能に関する社会のズレと歴史的意味」に、筆者がこう書かれています。

 日本における森林の機能評論は歴史的に多くの問題を含んでいる。それは「何でもわからないことは森林に押しつける」「森林はいつも人間の都合のよいように機能する」と信じる日本人の妄想に起因する。森林があれば豊富な水が水源地から供給される。森林があれば山は崩れない。森林は川に栄養を供給し海の生産性が上がる、といったぐらいの万能論である

ああ、耳が痛い話です。


それに対して、筆者がこう書いています。

こうした認識に対してほとんどの研究者は、森林があれば年間の水の流出量は減ることを世界で実施された流域実験からも知っているし、渇水期の増加もあまり期待できない(むしろ減ることも多い)ことも知っている。森林地帯でも崩壊は発生するし、土層が安定しているからこそ森林が立っているという逆説に立脚したほうが、むしろ正しいと思われる事例が少なくない。さらに、窒素やリンなどの栄養塩の供給ならば酪農地帯のほうが大量に河川に放出していることも常識である。


なぜ、当時私はこういう「知りたかった知識」にたどり着けなかったのだろうと、驚きながらこの「林業技術」のバックナンバーを読み返しています。


ああ、でもこの2000年代初頭、私もまた周産期看護の分野に広がる万能論に、この筆者と同じような苛立ちと疑問を感じ始めていたのでした。
女性には産む力がある、赤ちゃんには生まれる力があるとか、どんな状況でも母乳で育てられるはずとか、あるいは産後の骨盤は万能といったものまで、そんなはずはないのにという情報が広がっていく時代でした。


何か社会の問題に関心を持った時に、自分の正義感は専門用語を使った妄想の部分がないかを常に厳しく問わないと、社会に思わぬ影響を残してしまうことになる。


そして、いったん広がった鵺のような雰囲気に対して、こうした専門家や現場の悲痛な心からの声というのは簡単にかき消されるものだと。





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