事実とは何か  52 <社会の怒りと個人の怒り>

医学部で女子受験生を少なく合格させていたというニュースは、入試方法の根幹に関わる問題ですし、医療への不信感にもつながるのでしっかりと調査し改善されなければならないと思いました。


そこまでは「社会」が怒るのも当然だと思いますし、公正な受験方法を示すのが答えではないかと思います。


医療に関する問題だったので、少しネットであちこちの声を読んで見ましたが、いろいろな立場の人がそれぞれの怒りや正論を声に出している状況に、赤ちゃん連れのあの時に似ているなと感じました。


「医療現場」といっても、施設や地域あるいは診療科によって本当に状況はさまざまなので、いまの段階で「こうしたら良い」という方法までは提示できないのではないかと思います。
むしろ、葛藤や不満を抱えながら女性医師が働き続けるにはどうしたら良いかを模索している事実を知ることが必要ではないかと思うのですが、正直なところ、今住んでいる地域の他の医療機関の状況でさえ私にはわかりません。
知りたいのは、今、どんな現実があるのかではないかと。


そんな時、テレビにもコメンテーターとして出ていらっしゃる産婦人科の先生の発言を偶然、目にしました。
「医師の業務を軽減するために、助産師に妊婦健診を任せれば良い」というような内容でした。


どのようなお気持ちからこの発言になったのかわかりませんが、私自身が院内助産や助産師外来の背景にある思想には賛同したくないという部分を脇に置いても、この発言は「現実の問題を見えなくさせる」危うさを感じました。


<私の周囲ではこんな感じです>


「産科診療所では」とか「助産師は」と全体のことはわからないのですが、現在、私の勤務先では産休明けの女性医師が外来を週に2日ほど担当されています。
本当はフルに働いて、分娩や検査・手術などの技術経験を積みたいという焦りもあるようです。
家族や職場の状況からなんとかたどり着いたのが、現在の働き方なのだと思います。
この先生が妊婦健診を見てくださることで、他の医師は分娩や緊急時の対応に集中することができます。


少しずつ、産婦人科医の本業に比重を移せるようになる時のために、臨床から離れないことが大事なのだろうと思います。


こうした先生たちのためにも、「妊婦健診を助産師で」が答えになるはずはないと思います。


何より、ここ10年ほどのエコーでの胎児診断の発達のために、勤務先の先生がたはわずかの変化を見落とさないようにして周産期センターへの紹介をされています。
私たち助産師は、そんな医学的知識も技術も学んでいません。専門が違うのですから。
20年ぐらい前ののんびりした時代なら、助産師が妊婦健診を半分ぐらい担うことも可能だったと思いますが、今は、せいぜい妊娠期間中に「ケアの話」を中心にして1〜2回が限度ではないかと思います。


その助産師も、2004年の産科崩壊の時代以降、分娩施設の集約化が進んだこともあって、「分娩介助経験を積めない」ことが悩みになりました。
年間分娩件数1000件とか2000件という大規模な施設が増えて、そこに就職した助産師は何年たっても分娩室への勤務異動がなかったり、わずか20件30件ぐらいの経験のままあっという間に数年が立って、指導者的な立場にならざるを得ない状況のようです。


分娩施設集約化の前でしたら、地域の総合病院に就職すれば1年に少なくとも40〜50件ぐらいの分娩介助経験も積めました。
今、20代30代の若い助産師が求めているのはコンスタントに分娩介助ができる環境だという話を、私の周囲の若いスタッフから聞きます。


「医師の業務負担を減らすために、助産師に妊婦健診を」は今回の問題の解決策でも、女性産科医の働き方改革の解決策でもないのではないかと思うのですが。


と、こんなマイナーなブログで末端の助産師が書いても、発言力の大きさでは相手にもされないでしょうか。




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