水の神様を訪ねる 77 大井手堰跡の石碑と水神社

那賀川の堤防に見えた石碑は「大井手堰跡」の石碑でした。

そしてそのそばには、地図には載っていない水神社の小さな祠が那賀川を見下ろすように建っていました。

 

「那賀川北岸用水の歴史を考える」の参考資料篇にその石碑の全文が掲載されていました。

 

石碑ー2 大井手堰趾の記録

 

大井手堰趾

大井手用水は阿南の穀倉たる那賀川北岸 立江 坂野 今津 羽浦 平島地区の稲田一千三百町歩に灌漑する大動脈にして 之が潤渇は関係二千数百農家の死活に関する重要用水なり

 思うに川北平地は三角洲の沖積層に属し 往古の水源は那賀川の分派岩脇 古庄の中間より流る旧那東川の東分派原村を経由の刈屋川と北流して八幡(やわた) 敷地(しきじ) 小延(このぶ)経由の太田川或は目佐(めさ)川 浦川 立江川等の沿岸田地は随所に原始的小堰を造り灌漑し来れり

蓬庵入国以来藩主は殖産に重点を置き開田と水路の施設に尽力したるは西紀一五九二年文禄元年以降の沙汰書に散見する所にして 西紀一六一七年元和三年に阿淡(あたん)両国合わせて二十五万七千石なりしが 幕末には五十五万石余に増大したるに徴(しるし)て明なり 其(その)間藩士始め庄屋肝煎役(きもいりやく)中に強毅(ごうき)堅忍(けんにん)識見衆(もろびと)に超へ 私財を抛(なげう)ち身命を賭し一家の損失を忘し 郷党(きょうとう)百年の長計に殉せし者少なからさりしも 時移り世替り此等(これら)前人の事績(じせき)往々湮滅(いんめつ)して伝わらず 餘沢(よたく)永く後の人を益して名姓完(まった)く口碑(こうひ)に存せず 大井手堰に関する文献の徴(しる)すべきもの甚(はなはだ)稀(まれ)なり 偶伝すれば粗雑誤謬(ごびゅう)亦多し 要約すれば大井手用水は阿波藩普請総裁判役伊沢亀三郎及其の子藩の用水方速蔵が西紀千八百二十五年文政八年玉川上水及び利根川の水利を研究後の目論見指図して川北全域の庄屋肝煎役等の協力に依り 永久的大井手堰の完成を見たり

昭和二十二年農林省直営による那賀川北岸水利事業の実施に伴い 其取入口を上流の古毛(こもう)へ移転し八年の歳月と四億五千万円の巨費を投じ近代的科学工法に因る堰堤の完成を見るに至る 多年川北(かわきた)の美田を育成し来たりる大井手堰も 今や功成り名遂げ千古の歴史を秘めて永久に地下に眠らんとす 川北住民は悵惆(ちょうちゅう)として恰(あたか)も慈母の死を見るが如く哀惜の情禁じ難く茲(ここ)に経過の一班を石に勤(しる)して後世に伝えんとし 頃日大井手土地改良区理事長花岡正義君来たりて予に文を徴す因って其(その)梗概(こうがい)を叙(じょ)す 頌(しょう)日

 

 城南穀倉 灌水溝通 肥沃膏壌 秋収極豊 欣々稼穡 民衆和衷

 能尽全力 今慈遂功 築堰堅固 玉雨金風 端気満地 想鴻業崇

 

昭和三十乙未(きのとひつじ)年二月十一日  中西長水撰文竝(へい)書

 

玉川上水及び利根川の水利を研究後の目論見指図して」

はるばる玉川上水利根川の事業とつながりました。当時はどのように技術や経験が伝わっていったのでしょう。

 

そばにある小さな祠のそばには御由緒はありませんでしたが、この下に眠る大井手堰に対して「恰も慈母の死を見るが如く哀惜の情禁じ難く」というこの地域の人々の気持ちが水神社になって表されているのでしょうか。

 

水への畏れや感謝だけではない、こんな水神社もあるのですね。

 

 

 

 

*おまけ*

この資料をブログに転記するだけでも時間がかかる難しい文章でしたが、資料の筆者が振り仮名をつけてくださっているだけでなく、注釈も書かれていてとても助かりました。

注釈

蓬庵(ほうあん):初代徳島藩主である蜂須賀家政のこと。慶長5年(1600年)に出家した時の法名が蓬庵であったため法名で呼ばれている。

阿淡(あたん):阿波と淡路を併せた名称。蜂須賀家が豊臣秀吉から拝領した領地は現在の徳島県兵庫県の淡路島を併せた地域であった。

肝煎役(きもいりやく):世話をする人。 

強毅(ごうき):心が強く物事にくじけないこと。

堅忍(けんにん):我慢強くじっと耐えること。

郷党(きょうとう):村の人々。

事績(じせき):物事があったこと。

堙滅(いんめつ):埋もれて消えること。

餘沢(よたく):先人が残してくれた恩恵。

口碑(こうひ):伝説。永遠に伝わる言い伝え。

誤謬(ごびゅう):まちがえること。

伊沢亀三郎(いさわかめさぶろう):寛永3年(1750年)阿波町伊沢生まれで父は組頭庄屋だった。鮎喰川の蓬庵堤をはじめ、生家の東に位置する伊沢市堤、松茂町笹木野の住吉新田、那賀川の大井手堰など各地で堤防や用水等の工事に携わり、のち藩の勧農方まで出世した藩内随一の土木技術者。

悵惆(ちょうちょう):がっかりするさま。

一班:一部分、全体から見てわずかな部分。

頃日:ある日。

梗概(こうがい):あらまし。

叙す(じょす):文書や詩歌に述べ表す。

頌(しょう)日:人の徳などを褒め称えた日。

撰(せん)文竝(へい)書:碑文等の文章を作成し、文字も自筆であること。

 

 

 

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