医療介入とは 17 <RQ.分娩時のルティーンの点滴>

今まで分娩時の血管確保の実際について書いてきました。
今回は、「科学的根拠に基く快適で安全な妊娠出産のためのガイドライン(改訂案)」のリサーチクエスチョンについて考えてみようと思います。


RQ10:分娩時にルティーンの点滴は必要か?
http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~osanguid/RQ10saisyuu.pdf

推奨
分娩時にルティーンに点滴を行うこと(出血に備えて予防的に血管確保すること)が周産期の母子の結果に効果的か否かを立証する文献はなく、リスクのある産婦に限定することが望ましい。また、特に出血等に対する安全性を追求したい場合は、ヘパリンロックによる血管確保を行い、妊産婦の自由度を制限しないようにすることが望ましい。

【推奨の強さ】C

「推奨の強さ」とは推奨グレード(根拠になる情報の確かさと、重要度を示す)のことです。
上記ガイドライン意見公募のお知らせの中には以下のグレードが説明されています。(p.4)
http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~osanguid/index.html

A:強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる
B:科学的根拠があり、行うよう勧められる
C:科学的根拠はないが、行うよう勧められる


RQの推奨は「リスクのある産婦に限定して行うことが望ましい」と「ヘパリンロックによる血管確保」に関しては「科学的根拠はないが行うように勧められる」、つまり全例の産婦さんにはする必要性は認められないということでしょうか?



ただし、「結果的に各RQ共、内容的に適合した十分なエビデンス・レベルの文献はほとんど得られなかった。」(p.4)とあります。


分娩時出血はリスクの予測できる産婦さんだけでなく、誰にも起こり得ることが軽んじられている印象があります。
また、出産現場のマンパワーやスタッフの技術レベルなど細かい分析なしに、本当に全例の産婦さんにはする必要がないとして大丈夫なのでしょうか?



<「推奨への理由」に対する考察>


RQの「議論・推奨への理由」を具体的に見ていきたいと思います。

分娩中に点滴を行うことは苦痛を行動の制限を伴う処置であるため、産婦の快適性の観点ではその適応は的確に判断されることが肝要である。

上記表のハイリスク病院でない数施設のデーターによれば、500ml以上の分娩時異常出血は約11〜22%であった。本研究班の前回全国調査では分娩時出血多量9.2%、帝王切開15.8%、分娩時特に異常がなかったのが65.8%であった。
これらのことから、点滴を全例にルティーンでする必要があるとは言えないが、出血等のリスク因子の状況に応じて必要な場合には適時に実施されることが望ましい。


後方視的に見て「分娩時に異常がなかったのが65.8%」だから、「点滴を全例にルティーンでする必要がない」という結論がどうして導きだされるのでしょうか?


まずその65.8%の中で、どれくらいの割合で血管確保と胎児娩出直後のルティーンの子宮収縮剤投与が行われていたのか、そこが重要なポイントだと思います。
この65.8%の産婦さんが分娩直後に経静脈的に子宮収縮剤も投与されていなかったのであれば、確かにルティーンの点滴を見直す理由にはなるかもしれません。


現在の時点では、どれくらいの施設で実際に血管確保をし、どれくらいの割合でルティーンで子宮収縮剤が投与されているのか、そしてその方法により分娩時総出血量が抑えられている可能性があるかどうか、はっきりした資料がないということだと思います。


その点が検証されてから、初めてルティーンの血管確保・子宮収縮剤の投与を見直すべきかどうかという議論になるのではないでしょうか。



助産師がなるべく産婦の傍近くにいて、分娩進行中に異常と正常を適切に判断できれば、ルティーンの点滴や連続CTGの使用頻度が低下すると考えられる。

いきなり点滴と連続CTG(分娩監視装置の持続的な着用)を並列して結論づけようとするのは、科学的な根拠に基く考察とはいえないのではないかと思います。


また分娩時出血は予測できるものもありますが、突発的に起こりうるものです。
「この産婦さんは出血をおこさない」と判断できる方法がないわけで、助産師のかかわり方・適切な判断で有効な方法は確立されていません。


明らかなことは、分娩時出血は対応が遅れれば遅れるほど、産婦さんが危機的状況に陥りやすいということにつきるでしょう。


「出産の正常と異常について考えたこと 4」http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120501のなかで紹介した、論文を再掲します。
「開業助産師から分娩後異常出血のために当科へ搬送された症例に関する検討」
http://jsog-k.jp/journal/pdf/046040341.pdf]


この論文中の6例のうち、搬送前に血管確保をされているのはわずか1例でした。
また子宮収縮剤を投与されていたのは2例のみ、その1例は筋肉注射もう1例は内服で、静脈内投与に比べて薬効が出現するまで時間がかかる方法でした。
母体死亡や子宮全摘出は免れたものの、6例中4例が輸血が必要になっています。


ちなみに、この6例の分娩時体位は4例が側臥位分娩でした。
側臥位であれば、点滴ルートもそれほど産婦さんの自由度の妨げにはならないと思います。


さて、RQの本文に戻ります。
結論として以下のように書かれています。

ティーンの点滴は医師のマンパワー助産師の判断能力により、リスクのある産婦に限定して実施されることが望ましいが、安全性を特に追求したいのであれば、ヘパリンロックによる静脈確保を行うことが望ましい。


ヘパリンロックというのは、静脈留置針と15cmほどのルート内に血液が固まらないようにヘパリンの希釈液を満たして栓をしておくことです。
点滴本体と輸液セットをつながないので、自由度は高くなります。


ただし現実的には、児娩出期の産婦さんはいきむ時に手にものすごく力が入るので、静脈血が点滴ルート内に逆流してくることがしばしばあるほどです。
静脈血が針内やルート内に何度も入ることで血塊ができて、点滴がつまりやすくなります。


点滴バッグにセットしてあれば、点滴液の速度を速めることで詰まってしまうことを防げます。
ヘパリンロックの場合には、たとえ針内が抗凝固剤で満たされていても静脈血が何度も入り込むことで詰まることがありますが、実際に点滴液を流そうとして初めて詰まっていることに気づきあわてて刺しなおさなければならないこともでてくることでしょう。


分娩時の産婦さんのあの静脈血の逆流にどれだけヘパリンロックが耐えられるものなのか、根拠を明示して欲しいところです。


ざっと考察の部分を考えたところで、次回は、私自身の考えをまとめたいと思います。




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