医療介入とは 18 <血管確保のまとめ>

RQ「分娩時にルティーンの点滴は必要か?」の結語の部分を再掲します。

ティーンの点滴は医師のマンパワー助産師の判断能力により、リスクのある産婦に限定して実施されることが望ましいが、安全性を特に追求したいのであれば、ヘパリンロックによる静脈確保を行うことが望ましい。


<血管確保なしで分娩ができる環境とは>


事前の血管確保なしに突発的な分娩時出血に対応できる条件を考えてみます。

1.出血に対応している医師とその介助をする助産師とベビー受けの看護スタッフ以外に、すぐにもう1人が駆けつけて点滴をセットし1〜2分程度で血管確保をして子宮収縮剤の投与ができる。
2.夜間・休日でも緊急時に人手が確保できる施設である。
3.大量出血や出血性ショック時など急変時に確実に18G(ゲージ)の輸血用静脈針で血管確保をする技術をスタッフが持っていること。


こういう条件を満たすのは、周産期センターや総合病院あるいは診療所で日頃からスタッフ全員が血管確保に慣れていることと緊急時にマンパワーが確保できることが最低条件になることでしょう。


基本的に日常的に医療行為をしない助産所では、大量出血時の緊急対応が技術的に難しいというリスクがあることは明確にする必要があると思います。


「医療介入とは 14」で看護職に静脈注射が法的に認められた経緯を書きました。


国公立病院での勤務経験だけで開業した場合は、助産師でも静脈留置針での血管確保の経験がほとんどない可能性もあります。
おそらく現在の50代以上の助産師には、そういう人がけっこういるのではないかと思います。
たとえ多少、血管確保の経験があっても開業してからほとんど点滴をさす機会がなければ、緊急時に自信を持って対応するのは難しいのではないでしょうか。


ですから、開業助産師を対象にした血管確保や分娩時出血の対応について、定期的に研修を行い受講を義務付ける必要があるのではないかと思います。
点滴ボトルに輸液セットを組み、血管を探して静脈留置針を刺し、固定する。
シュミレーターでもよいのですが、受講者がお互いの血管に刺し合って実習をすることも必要でしょう。


つまり、医療介入をしない「自然なお産」を謳っている助産所よりは、病院・診療所のほうが血管確保をしなくでも分娩に対応できる技術的な環境にあるという逆説的な状況であるということになります。


<分娩時大量出血に対する保健指導の重要性>


2011年4月に「母体安全への提言2010」(妊産婦死亡症例検討評価委員会、日本産婦人科医会)が出ています。
http://www.jaog.or.jp/diagram/notes/botai_2010.pdf


その中の「3.我が国の妊産婦死亡の推移」(p.6)を引用します。

わが国の妊産婦死亡率は、かつて欧米に比較して高かった。1950年代後半から、1960年代前半にかけて、分娩場所が自宅から施設へ移行したことが大きな要因となって、妊産婦死亡率は著しく減少した。
さらに、分娩に伴う出血に対する輸血体制の完備などの医療や医療行政の進歩によって1980年代後半はさらなる減少をみた。


輸血体制の完備とともに、1980年代後半から静脈留置針をはじめ医療製品の低コスト化によって、少なくとも8割近い医療施設で分娩時の血管確保が一般的になり、出血への対応が迅速に行えるようになったことも大きな要因だったのではないかと経験的に感じています。


しかし、それでも「医療介入とは 16」で紹介した「分娩時異常出血量の新しい考え方」http://www.jsog.or.jp/PDF/62/6209-121.pdfの以下の部分がとても大事なことでしょう。

約300人に1人の産科大量出血が発生することを意味するが、このことは一般の妊婦にはほとんど知られておらず、妊娠・分娩の危険性、出血・輸血を行うことが多いことについて周知させることが重要であろう。


妊産婦さんに周知させる、すなわち「保健指導」をすることは助産師あるいは産科に勤務する看護師の重要な仕事です。


血管確保は確かに多少の苦痛と自由の制限を伴います。
けれども、痛みは刺入直後の一時的なものです。
動きも多少は制限されますが、座ったり、立ったり、体を動かすことまでは制限されません。


メリットとしては、出血が多くなった時点ですぐに薬剤投与と処置を始められることです。
この一次対応の遅れは、輸血の必要性や母体の生命の危機に大きく影響を与えます。


こうした点を十分に説明した上で、それでもルティーンの血管確保を希望されない産婦さんは、急変時の対応に十分なマンパワーと技術を持つ施設が望ましいことを説明する必要があるのではないかと思います。


<ルティーンの血管確保をしない時代になるには>


妊娠初期に日本では必ず血液型と不規則抗体を調べて、母子手帳に記録されています。


これは血液型不適合妊娠(RHマイナス)の管理とともに、妊娠・分娩時の出血時に輸血の可能性を常に考えておく必要があるからです。
現時点で、大量出血時に輸血に代わる効果的な薬剤はないのです。


妊産婦死亡の減少に貢献してきた輸血体制の完備ですが、血液センターの集約化が決まっているようです。

2.血液センターからの血液供給の問題点
製剤業務が赤字のため平成25年を目標に全国11ヶ所の血液センターが集約されることが決定されている。
分娩時大量出血は輸血の切れ目が母体生命の分岐点となるため、血液供給確保とその対策も各医療圏で早急に行う必要がある。
(「母体安全への提言2010」、p.28)


今後は、ますます輸血が必要な出血を起こさないように、一次対応がより早く確実に行われる必要があるといえるでしょう。


<まとめ>


RQの推奨にある「妊産婦の自由度を制限しないようにすることが望ましい」ためにルティーンの血管確保をしなくても安全性が担保される条件としては、輸血に代わる安全で各施設で常備できる薬剤が開発された時ではないかと、私は考えています。


そしてもちろん、出血時に確実に血管確保できるスタッフの能力やマンパワーは最低限の条件といえるでしょう。


そうした条件が整わない限り、「分娩時の母子の安全性」と「産婦さんの自由度」を天秤にかけることは現場ではできないものなのです。


まして「静脈点滴を行った場合と行わなかった場合の母子の結果を比較した文献はない」(RQ10、p.78)段階で、産婦さんの自由度に重点を置いた推奨をすることは時期尚早ではないかと思います。


また産科医が分娩時出血による母体死亡をさらに減らすための提言をしていることと、血管確保をやめようとすることは整合性があることでしょうか?


私たちは決して「不要な医療介入」をしているわけではなく、日々出血の怖さを実感しているからこそ、すぐに薬剤投与を開始できる血管確保が必要だと感じています。


この私たちの実感に対して、「それは思い込みであり、実際には血管確保はしなくても大丈夫である」という科学的な検証がなされた時、あるいは血管確保に代わる確実な分娩時出血の予防と対応方法が確立された時に初めて、ルティーンの点滴をやめることでしょう。




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