お産に対する気持ちを考える 8 <硬膜外麻酔分娩はいいものではない?>

日本で年間どれくらいの出産が、硬膜外麻酔分娩によって行われているのでしょうか。
そういう基本的な統計もよくわからないので、私が「感じている」程度の根拠のない話が続きます。


すみれさんに教えていただいた硬膜外麻酔分娩はいいものではないと感じる助産師がいるというお話について考えてみようかと思います。


前回の記事で紹介した「助産雑誌」2011年5月号(医学書院)の「特集硬膜外麻酔分娩について知ろう」に、埼玉医科大学総合周産期母子センター、景山直子氏の「硬膜外麻酔分娩の産婦へのケア」という寄稿文があります。


2010年当時、上記周産期母子センターでは年間平均68件の硬膜外が行われ全経膣分娩の13%、開設以来硬膜外麻酔の分娩は全743件だそうです。


月数件ということから、大学病院に勤務する助産師の中でもまだまだ硬膜外麻酔分娩を十分に経験する機会が少ないのだろうと思います。
ちなみにうちの小規模クリニックでさえ、月にその倍の麻酔分娩があります。


その寄稿文の中から引用します。

 以前、無痛分娩を希望する産婦さんより「(勤務交代により)助産師さんが変ってから楽しくお産ができました」と言われたことがあります。理由をたずねると、「前の助産師さんは、私が無痛分娩を選んだことに対していい顔をしなかったのに、次の助産師さんは『一緒に頑張りましょう』と言ってくれました」ということでした。その方は、高齢初産婦で同年に母を亡くしており、産後の育児や家事をサポートしてくれる人が夫以外にいませんでした。そのため、体力の消耗を最小限にしたいという理由で無痛分娩を希望されていました。

さらに、筆者自身の経験が書かれています。

 ある学会で、無痛分娩に関する発表をした助産師に対して、多くの助産師から「無痛分娩をすることは助産師として負けではないか」という意見が多数出されたことがありました。


<無痛分娩をすることは助産師として負け?>


「無痛分娩をすることは助産師として負け」と感じた背景を推察するだけで、数十回分のブログ記事をかけてしまいそうなくらい、それこそ一言ではいいあわらせないものがあります。


この一言で、「やっぱり助産師は『自然なお産』を強く勧めている」と単純化できることでもないかと思います。


そのあたりについてすみれさんへの返事で、少し書きました。


そちらに書いたように、ずっとそばで産婦さんや陣痛の変化を見ている私たち助産師も多様な分娩経過のパターンをできるだけ客観的に表現し、医師に伝える努力がまだまだ不十分なのだと思います。


最初から無痛分娩を希望される方に「いい顔をしない」のは、あきらかに相手の選択あるいはそれこそ主体性を認めていないわけですから、どうしてそういう気持ちになるのかその助産師は胸に手を当てて考えたほうがよいと思います。


ただ途中で、「無痛分娩に切りかえたほうがよい経過かどうか」「産婦さんの思いはどうか」ということは、やはり助産師の観察とそれを客観的に伝える表現力にかかっているといえるでしょう。


「いいお産」という表現にも通じますが、助産師側のうまく表現しきれない気持ちを掘り下げて考えずに、助産師自ら「勝ち負け」とか「いい悪い」という評価や感情が込められやすい表現を使いやすいと感じています。


<リスクの受け止め方>


無痛分娩に比較的積極的と思われる大学の周産期センターでさえ年間70件程度であれば、その中で1例でも硬膜外麻酔の合併症やヒヤリとしたケースがあれば、助産師の中には無痛分娩に対して怖いという気持ちが先にたってしまう可能性があると思います。


「痛みをとるのがよい」「陣痛の痛みは不要」という価値観や信念の部分で無痛分娩を広げるよりは、回旋異常や遷延分娩などで発揮される硬膜外麻酔の医学的な効果が注目されるようになれば、助産師も合併症などのリスクと対応を受け入れやすくなるのではないかと思います。


同じ特集の中に、足立病院の麻酔科医、渡邉美貴氏が院内の産科医・助産師・看護師を対象にした硬膜外麻酔分娩のイメージについてのアンケート調査結果が掲載されています。

硬膜外麻酔分娩のイメージが悪い理由
【医師】
分娩力が低下する。分娩進行が長い、弛緩出血が増える。
【看護師、助産師】
分娩第2期に微弱陣痛になり促進を行う必要があり、吸引分娩、クリステレル分娩、出血が多くなる(最悪子宮全摘出術になる)。人工的に怒責をかける必要がある。自然怒責による分娩が困難。本来正常に産める人が産めなくなる。医療介入がなにより積極的。介入の時期が難しい。本人の痛みの感じ方を観察することができない。硬膜外麻酔分娩でスムーズに産まれた症例を見たことがないので、どうやって介入していくべきかわからない。無痛分娩を行う施設で働く助産師から、分娩中の胎児死亡が多いような気がすると聞いた。麻酔科医師・産科医師が常に対応できる環境でないと管理が難しい。

渡邉美貴氏が「看護師・助産師の硬膜外無痛分娩のイメージがこれほど悪いと思っていなかったので驚きました」と書かれているように、私も正直驚く内容でした。


「出血が多くなる(最悪子宮全摘出術になる」「胎児死亡が多いような気がする」なんて根拠のない伝聞で実態のない不安といえそうですし、分娩遷延や医療介入の増加に関しては下記の引用が参考になるかと思います。
「無痛分娩の基礎と臨床」(角倉弘行著、真興交易(株)医書出版部、2011年)

(5)分娩遷延
 硬膜外麻酔による分娩への影響(帝王切開率、鉗子分娩や吸引分娩の増加、分娩時間の延長)が懸念されており、これまでにさまざまな方法で研究されてきた。方法論的な制約のため十分な根拠に基づいた結論は導かれていないが、現時点では、「帝王切開率は増加しないが、分娩時間は延長し、吸引分娩や鉗子分娩の割合はわずかに増加する」ということでコンセンサスが得られつつある。
(「合併症とその対策」より、p.96)

いきみがわかりにくくなる場合もありますが、ペースがつかめてくると産婦さんも自分の感覚でいきめるようになります。
また硬膜外麻酔を入れて痛みを感じない以外は、なんら普通の「自然分娩」と変らないお産もたくさんあります。


これはやはり経験すればするほど熟練してくる部分があるということなのですが、そうした経験をまとめて標準化した「無痛分娩のケア」に関する1冊の本さえないのが現状ですから、まだまだ硬膜外麻酔分娩に接する機会のない助産師にすれば怖さのほうが強いのもしかたがないかと思います。


そういう漠然とした怖さや不安が、「いいものではないよ」という発言になる可能性もあるのではないかと思います。


硬膜外麻酔分娩の効果がもっと認識されれば、それに伴う合併症などのリスクへの対応も、当然、医学的な必要性に基づく看護として築かれていくことでしょう。


景山直子氏の「おわりに」を引用します。

 今後、無痛分娩を希望する産婦はさらに増えてくると思います。無痛分娩の介助にはさまざまな知識、技術が必要なため難しく感じる方もいると思います。しかし、産科医、麻酔科医、他の医療者との連携によって、産婦にとって安全で満足な出産となると思います。
 そして、私たち助産師は知識、技術はもちろんのこと、無痛分娩を選択した産婦の話をよく聴き、想いを受け止め、ともに出産へ臨む姿勢が大切だと思います。


全く同感です。


無痛分娩による分娩介助に習熟しているかどうかで、受け手の産婦さんの安心感や満足度は大きく変ってくるでしょう。


<おまけ>


日本で硬膜外麻酔分娩をしている産科施設は、もしかしたら診療所、しかも看護師さんだけが勤務している施設のほうが多い可能性もあると思います。
そういう看護師さんたちのほうが、無痛分娩のケアについてたくさんの経験をもっていらっしゃるでしょう。





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