医療介入とは 23 <CTGと助産婦、1970〜90年代の変遷>

1970年代初頭では大学病院でさえ、携帯用ドプラーでの胎児心音を聴取する程度であったのなら、一般の病院や開業助産婦はまだしばらくトラウベで耳での聴診方法しかなかったことでしょう。


そして、1970年代終わりに看護学生の実習で分娩監視装置(胎児心拍陣痛図、CTG、cardiotocogram)を見たぐらいで、それ以降80年代終わりに助産婦学校に入るまでの間、日本の病院でどのようにCTGが使われるようになっていったのか、当時の助産婦はどのような研修や自己研鑽を通してCTGに習熟していくようになったのか、私自身の記憶も全くありません。


特に1980年以前に助産婦になった方たちは、CTGについて学ぶ機会は少なかったのではないかと思います。あるいは、場合によっては、未だに学ばずにいる人もいるかもしれません。


当時の助産婦の間でどのように携帯ドプラーそしてCTGが広がっていったのか、何か手がかりはないだろうかと、手元の教科書などからひろって見ました。


<1980年代に助産婦は胎児心音聴取についてどのように教わったのか>


1987年出版の「助産学」(日本看護協会)の中には以下のように書かれています。この本を教科書として使用していました。

3.陣痛計胎児心音計
MEの発達により、陣痛計と胎児心拍数計を取り込んだ分娩監視装置が多くの施設において臨床での検査に使われている。(p.99)

つまりCTGの使用は、まだ必須という時代ではなかったということになります。
そして「分娩監視装置は分娩第二期の全産婦に装着することが望ましいが、特に次のような状況にある産婦に使用する」として、いくつかの項目が挙げられています。
その中に、

トラウベ聴診器で聴取し、陣痛間歇時に心拍数に異常を認めたら

とあります。


1980年代後半でもまだ携帯用ドプラーが必須でもなく、トラウベの聴診行われていたということですね。


1988年に出版された医学書の「最新産科学 −正常編ー」(文光堂)には、以下のように書かれています。

分娩一期の取扱い
6)胎児の状態の観察
 分娩監視装置の記録によるのが理想的であるが、これのない時には30分毎に胎児心音を記載する。

分娩二期の取扱い
5)児心音の聴取
 胎児の危険は突発し、または急に進行するから、児心音は10〜15分ごとに聴取する。
 ただし危険があらかじめ考えられる時には、陣痛発作終了のたびにこれを聴く。
分娩監視装置をつけて胎児心拍数図を読んでいく。

助産婦だけでなく産科医向けの医学書でも、分娩監視装置は理想であって全施設で必須とするわけではなかったようです。


80年代終わり頃に、助産婦学生として大学病院で実習をした時は、お産で入院すると分娩第一期からCTGを連続してつけていました。


就職した病院では、分娩直前までドップラーの間歇聴取で対応して、異常があるときだけCTGを装着していました。
都内のそこそこの規模の民間病院でしたが、分娩監視装置は一台しかなかったと記憶しています。


当時の大学病院は確かに医療機器も豊富にあったのだと思います。
でも、こうして振り返ってみると、80年代終わりの大学病院でさえ、まだまだCTG判読の精度を高めるためのデーターが必要な時期であったことと、教育機関ですから分娩の全経過の陣痛と胎児心拍の変化を学習させるという目的もあったのかもしれません。


<1990年代の助産婦とCTG>


1990年初頭に、別の民間病院へ移りました。
その病院では、入院時にCTGを装着し、分娩一期は基本的に携帯用ドプラーで聴取、分娩室へ移動したら連続してCTGを装着する方法を取っていました。
ただし、CTGを装着しても座位になったり、時には四つん這いになったりすることは可能でした。
体勢を変えるともちろん正確に陣痛圧や児心音はとれにくいのですが、携帯ドップラーで短時間聴取して記録する方法に比べればはるかに正確に観察も記録もできます。


その後、1999年に医学書院から出版された「臨床 助産婦必携」はサブタイトルに「生命と文化をふまえた支援」とあるように、1980年代から活発になった出産を見直す運動を意識した内容がかなり盛り込まれています。


ところが、分娩中の胎児心拍の観察に関しては、CTGについての記述しか書かれていないのは興味深いところです。
「自由な体位での分娩介助」の方法まで書かれているのですが、「ドップラーによる間歇聴取」については書かれていません。

3.産婦への支援
{分娩一期}
胎児の健康状態の診断
a)胎児心音からの診断
 分娩中に分娩監視装置を用いて、子宮収縮の状態と胎児心拍数を同時に記録し胎児の状態を観察する
 とくに分娩時には頻発する子宮収縮が子宮と胎児の血液循環を減少させ、胎児への酸素供給を減少させるので、注意深い観察が必要である。

そして、胎児心拍変動の型について詳細な説明が続いています。
さらに分娩時については、

(分娩室)移動後は分娩監視装置を装着して児心音を聴取し、診察により先進部の進行状態を観察する。

と書かれています。


1999年といえば、すでに「自然なお産」のうねりに助産婦も大きな影響を受けていた時代です。
ところが、分娩監視装置により重きを置いた記述になっているのはどうしてでしょうか?


おそらく、1980年代終わり頃から急速に全国の産科病棟にCTGが普及し、たくさんの臨床知見が積み重ねられたからではないかと思います。
それまでトラウベあるいは携帯ドップラーでごく一部分の心拍数を数えるだけではわからなかった恐ろしさを、助産婦のなかで実感として理解できた時期ともいえるでしょう。


「子宮収縮の状態と胎児心拍数を同時に記録し、胎児の状態を観察する」
これを可能にするのは現時点では分娩監視装置以外にありませんし、この観察なくして「母子共に安全に分娩が終了する」という、助産の最高目標は達成できないということです。


こうして助産婦が実際にCTGを使うことでその必要性を実感していった同じ時期に、CTGは産婦の快適性を損なう、あるいはCTGによって吸引分娩や帝王切開などの率が高まり過剰な医療介入をまねくという声が高まってきました。
次回は、社会の中でどのように分娩監視装置がとらえられてきたのか、考えてみたいと思います。