医療介入とは 51 「終始自由な体位」とはなにかー分娩第1期

分娩進行中に自由な姿勢をとれることが産婦さんの快適性を高める、という点に関しては反論は出てこないのではないかと思います。


今日は、分娩進行の中の分娩第1期の産婦さんの自由な姿勢と快適性について考えてみたいと思います。


<「自由な姿勢」の主張の裏にあるもの>


何度も引用している厚生労働省科学研究の「RQ(リサーチクエスチョン)4:分娩中、終始自由な体位でいるか」の「議論・推奨への理由」(p.6)の中でも以下のようにまとめられています。
http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~osanguid/RQ4saisyuu.pdf

 分娩第1期に自由な姿勢と仰臥位で過ごすことを比較した結果、分娩結果、分娩様式に明らかな影響はなかった。

この一文を読むと、「いくつかの研究論文を比較した結果、現在の知見としてはお産の進行中は寝て過ごしても、動き回ってもお産の進み方には大きな影響はないからどんなすごしかたでもいいですよ」という結論ではないかと思うのです、素直にそのまま読めば。


ところが、あえて「自由な姿勢」と「仰臥位」を分けているのはなぜでしょうか?
産婦さんがそれを選択したのであれば仰臥位もまた自由な姿勢といえるはずです。


また上記の文章では以下のように続きますが、それはなぜなのでしょうか?

つまり自由な姿勢で過ごしても、仰臥位で過ごしてもどちらでもよいということになり、何の障害もないのであればベッド上に横たわったまま産婦は過ごす必要がない。

前半と後半の意味がつながっていない文章だと思います。
「分娩進行に何の障害もないのであればベッドに横たわったまま産婦は過ごしてもかまわない」となるのならわかるのですが。


「議論・推奨への理由」(p.5)の冒頭にその理由が書かれています。

 分娩第1期、第2期に産婦が自由な姿勢で過ごすことができるということは、連続CTGをしていない場合が多く、間欠的CTGやドップラーによる児心音の聴取で胎児の安全性が確認できることが前提となる。胎児の安全を確保できること、母の苦痛を取り除けることの双方向から産婦の自由姿勢を考える必要がある。CTG装着中は、子宮収縮曲線の記録も大切であるので、自由な体位を取りながらも正しく装着する必要がある。


「自由な姿勢」とは、「分娩監視装置(CTG)を装着していることやその体勢は、産婦さんの快適性を損なうもの」という前提があることが読み取れます。


ところが、「科学的根拠」の検討に選ばれたいくつかの研究をみても、「分娩第1期に分娩監視装置を装着することと、産婦の快適性の感じ方」に焦点をあてたものはなさそうです。
とりわけ、日本国内の施設で実際にどのように分娩1期を産婦さんが過ごしどのように感じているかという全体像のわかるような研究はなさそうです。


どうしても私には、この「産婦の快適性」に関する研究というのは、分娩監視装置が「産婦の主体性」と「産婦の快適性」を損なうものという前提に偏りすぎているのではないかと思えてしまいます。


<分娩第1期の産婦さんはどのように過ごしたいのか>


出産する側の方々にとっては出産の体験はせいぜい2〜3回であり、しかも初産と経産、あるいは2回目と3回目の出産経過もそれぞれ違うのでご自身の経験からだけではなかなか比較しにくいことでしょう。


ですから「自由な姿勢」が「自由に動き回れること」としてとれる文を読むと、「もしかしたら自分のお産は動かなかったからつらかったのかもしれない」と思ってしまうのではないでしょうか。


多くの産婦さんを見て分娩介助をしている側にすれば、「ベッドに横たわっていることが楽」という方の方がむしろ多いという印象です。
もちろん動くことを選択される場合もあります。
動いても横たわっても、陣痛というのはパワフルなものです。


初産婦さんと経産婦さんでも違います。


初産婦さんの場合は自宅で様子を見れるぐらい、あるいは陣痛間欠がまだ7〜8分ぐらいでしたら動いたり座ったりするほうが楽なようですし、実際にまだ動ける時期だと思います。
ところが陣痛間欠が5分前後ぐらいになると、姿勢をかえるのもつらくなってくるようです。


経産婦さんの場合には5分間欠ぐらいだと、まだ動いたり上の子と話をしたりして気を紛らわすほうが楽なようです。
その後一気に進行し始めると、横たわりたくなる方が多いですね。


以前は私も積極的に座位や歩行を勧めていたのですが、「座ってみませんか?」と声をかけるとゆっくりと起きて座るのですが、数分もしないうちに「横になります」という方が多かったです。
それでも「座りましょう」と声をかけると、「(この鬼助産師!)」と思われたようです。


ある時期から、動き回ることを勧めているかのような表現を使わないようにし始めました。
「座りたくなったら遠慮なく言ってくださいね。クッションなどで工夫します」
「体勢を変えたくなったら言ってくださいね」というだけにしています。


分娩監視装置も側臥位でつけますし、現在の勤務先では基本的に分娩1期にも連続して分娩監視装置を装着しますが、こちらからの説明のし方次第と体を動かしやすいような配慮をすることで、むしろ産婦さんは分娩監視装置のデーターをみてお腹の赤ちゃんの様子を感じることができて安心感があるようです。


そのあたりは10月6日「医療介入とは27 <分娩監視装置で広がった世界>」http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20121006と10月7日「医療介入とは28 <分娩監視装置で広がった世界 続き>」http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20121007で書きました。


<「仰臥位」の持つ意味>


医学的には仰臥位というのは水平な寝具の上に寝ている姿勢のことを指します。


妊婦さんの場合この仰臥位を長い時間とると心臓へ血液を戻す大静脈が大きな子宮に圧迫されて気分が悪くなる仰臥位低血圧症候群を起こしやすい、というのは産科の基本中の基本の知識です。


ですから分娩監視装置をつける場合にも、少し上半身をあげた半座位で装着します。
あるいは持続的に装着する場合などは、側臥位で装着することも可能です。


そして時には妊産婦さんご自身が、「私は水平な姿勢でずっと寝ているので、そのほうが楽です」と仰臥位を選ばれる方もいらっしゃいます。


ですから仰臥位も低血圧症候群に十分に注意した上で選択したり、あるいは妊産婦さん自身が好む姿勢であれば、「自由な姿勢」のひとつになります。


ところが「産婦さんの快適性」あるいは「産婦さんの主体性」の文脈では、仰臥位というのは必ずと言ってよいほど、なにか意味を持たせて使われていると感じます。
「分娩監視装置でベッドにしばりつけられた」とか「医療者主導」のメタファーとして使われているのではないでしょうか。


分娩第1期の産婦さんの快適性は、ずっと横たわっていても、動いても本人が快適であると感じることを優先すればよい。
それだけのことではないでしょうか?


そして必要がある医学的な処置に対しては、「拘束」とか「主導」といった表現でその必要性を曲解されないように丁寧に説明すれば、理解も得られることでしょう。


しばらく看護の退屈な話が続きますが、次回は私が助産師教育の中でどのように教わったか振り返ってみようと思います。