助産師と自然療法そして「お手当て」15 <マクロビの妊娠・出産の「トラブル」>

引き続き、大森一慧氏の「自然派ママの食事と出産・育児」(サンマーク出版、2005年)に書かれている「食をととのえて迎える出産は、トラブルが少なく、安定している」の章をみていきたいと思います。


ところで2005年というのは、どんな頃だったのでしょうか。
ちょうど琴子ちゃんのお母さんのブログが始まった年です。


その2年前に、助産所で逆子を取り扱った助産師によって琴子ちゃんは重症仮死で生まれ、蘇生術もされないまま亡くなったのでした。
ブログの初めの日に、琴子ちゃんのお母さんは「"自然な”って何?」と問いかけ、以下のように締めくくっていらっしゃいます。

子供の命以上に大切な"自然"なんてない!


私が琴子ちゃんのお母さんのブログに出会ったのは2007年でした。


2004年頃から産科崩壊の危機感でネットで情報を得ていたのですが、2000年前後から私と同年代の助産師の中に開業を選択する人が微増し始め、マスメディアでもさかんに「自然なお産」と助産所・自宅分娩を好意的に伝えていました。


そして、お産のほとんどは自然に正常に終わるのだから、産科医が立ち会わなくても「法的に正常分娩の介助を認められた助産師に任せるべきだ」という意見が助産師の中でも目立ち始めた頃でした。
人数的にはそういう助産師は少なかったのだとは思いますが。


そういう風潮の中で、私自身は産科医の先生方が減少していく将来を考えるととても不安でした。
また、産科医でなく助産師が「主導的」に分娩介助をする方向になりそうな中で、今まで医師不在の助産所の分娩で対応が遅れたり、不適切な対応の事例もあるはずなのに、なぜ助産師でいながら私はその情報を得られないのだろうと大きな疑問がありました。


そんな頃に、「助産院は安全?」に出会ったのでした。
琴子ちゃんのお母さんが勇気を出して声をあげなかったら、今頃はまだ「自然なお産」や助産所・自宅分娩に批判的な視点はほとんど広がっていなかったのではないかと思います。


大森一慧氏の本の巻末に掲載されている「自然分娩ができる菜食対応の産院」のリストを見ると、当時の助産師の開業への熱意の高まった時代を思いだすのです。


そして開業助産師だけでなく病院や診療所の中にも「自然な」を取り込むことにますます無防備になっていることが、助産雑誌やペリネイタルケアの寄稿文から感じられます。
無防備というのは、学問的に無防備ということです。


琴子ちゃんのお母さんのブログの最初の一文、「今日もどこかで悲惨なお産が行われているんじゃないか」という憂慮はますます大きくなるこの頃です。


<「お産のトラブル」とは?>


さて、前置きが長くなってしまいましたが、今日の本題です。


大森一慧氏は、ところどころで妊娠、出産経過の「トラブル」という表現を使っています。


産科学で使う「異常」とも違うのか、この「トラブル」も何を意味しているのかわかりにくく漠然とした使い方のようです。


「冷え」と「トラブル」について書かれた部分があります。

夏のお産の場合、お母さんはどうしても薄着になりますね。クーラーなどでも冷えすぎてしまいます。何より冷たい飲み物や夏野菜を多く摂ることでおなかを冷やし、胃腸の働きを弱めてしまって栄養不足をまねきます。その結果、お母さんの体力が弱まり、ひどい場合は、微弱陣痛や出血が多くなるなどのトラブルを起こすことになりかねません。

これに対して、現時点で助産師が持つべき標準的な産科学の知識は以下の通りです。

微弱陣痛の原因(日本産科婦人科学会、2007年)


原発性微弱陣痛
・子宮に原因:子宮発育不全、子宮奇形、子宮筋腫、羊水過多などの子宮筋変化
・胎児、胎児付属物に原因:骨盤位、横位、前置胎盤など児の先進部による子宮圧迫がなく子宮下部神経への刺激伝達が不十分
・子宮内感染
・分娩に対する恐怖、精神的不安
・その他、母体の不眠、衰弱、栄養不良などによる内因性オキシトシン、プロスタグランジンの低下、あるいは子宮筋の感受性低下で分娩開始時より陣痛が弱い状態


続発性微弱陣痛
・産道に原因:狭骨盤、骨盤内腫瘍、軟産道強靭など
・胎児の過大、および奇形
・胎位、胎勢の異常
・膀胱、直腸の充満
・早期麻酔(鎮静薬)
・麻酔、疲労などにより二次的に全身性または子宮筋が疲労をきたしている状態
(「周産期医学必修知識 第7版」、東京医学社、2011年、p.286)

「出血」については略しますが、どちらにも「冷え」は書かれていません。
妊産婦さんから「冷えが原因ですか?」と聞かれたら、「現時点ではわかりません」というのが答えではないかと思います。


さて、もうひとつ「冷え」の影響が書かれた部分があります。

また、羊水の冷えは、胎児を萎縮させ、発育不良につながることもあるので、冷えには特に注意をはらいたいものです。砂糖や南国のフルーツ、アルコール、清涼飲料水などの陰性食品が体を極端に冷やしてしまう食品だということを、よく心得てください。

羊水の冷えは、胎児を萎縮させ・・・。
「羊水の冷え」は何度のことを言うのだろう、どのように検証したのだろう。
「胎児を萎縮させ」というのはどういう状態なのだろう、どのように検証したのだろう。


まぁ、産科医療に携わっていない方が想像で話すのは仕方がないかもしれませんが、出版物にして世に広めてしまうことは責任が重いといえるのではないかと思います。


そして「砂糖や南国のフルーツ、アルコール、清涼飲料水などの陰性食品が体を極端に冷やしてしまう食品」という部分、似たような話を「冷えを科学する」で読みましたね。


本当に、助産師がまともな論文に取り上げて書くことでも、保健指導に取り入れることでもないと思います。


助産師はきちんと産科学に基づいた「異常」に関する知識をもち、信念や価値観で医療介入が遅れてしまうような構造的なトラブルを防ぐことが大事です。
あのホメオパシー以降今度はマクロビオティックなどが助産師の中で話題になるのを見るにつけ、あの事件で学んでいない助産師が多いことに危機感を感じます。




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