助産師と自然療法そして「お手当て」 37 <恥骨痛と母子整体>

いつ頃からでしょうか。
助産師の中に「整体」という言葉が聞かれ始めたのは。


よくわかりませんが、開業助産師さんたちの間では古いのかもしれません。
でも私たちのように病院・診療所で勤務する助産師にとって、整体というのは聞きなれないものでした。


「体を整える」と書かれていれば、なんとなく良さそうというイメージを持ってしまいます。


<恥骨痛と母子整体>


助産師向けの雑誌などで「母子整体」という言葉を目にするようになったのも、それほど前のことではないという記憶です。


NPO法人母子整体研究会が2009(平成21)年の第50回日本母性衛生学会に参加した際の資料を見ると、当時の代表理事渡部信子氏の経歴では「1998(平成10)年に『健美サロン渡部』開業」、「2001(平成13)年 トコ・カイロプラクティック学院有限会社設立」そして「2002(平成14)年 母子整体研究会設立」とあるので、やはり「母子整体」という言葉はここ10年ほどの間に広がったようです。


ただそれ以前から、産後の恥骨痛に対応するためのベルトの存在として、話題はあったと記憶しています。


出産時には大きな胎児が骨盤内を下降してくるため、恥骨離開の程度によっては激痛が起こり、産後に体を動かすことができないほどひどい場合があります。
あるいは、妊娠中からあった腰痛が悪化することもあります。


それに対して、臨床では経験的に「恥骨痛に対しては、さらしなどで大転子部あたりを固定する」という方法が効果があると考えられていました。
大転子部というのは足の付け根のへこんだ部分あたりのことです。


「経験的に・・・考えられていました」というのは、私が助産師になった二十数年前の教科書や産科の医学書にも「恥骨痛への対応」を明確に書いたものもなかったのです。


産後の産褥期(さんじょくき)のお母さん方の心身の変化や症状、そしてそれに対する治療方法やケア方法というのは、妊娠・分娩までの力の入れように比べてまだまだなおざりにされている分野だと思います。


「周産期医学」(東京医学社)のここ10年ほどのバックナンバーを読んでも、「恥骨痛」に言及しているものはほとんど見つけられません。
唯一見つけたのは、「周産期診療指針 2010」(周産期医学編集委員会、東京医学社)の以下の部分でした。

 腰仙骨神経叢の障害や恥骨結合の離開、仙腸関節の軟骨の損傷も分娩時に起こるが、通常は産褥8週間までに軽快する。(p.456)


確かに医学的には自然治癒していくもので積極的な治療方法はないとは思いますが、産後の赤ちゃんの世話をしなければいけないお母さんにとって8週間というのはあまりにも辛い時期になってしまいます。


さらしで大転子部をぐっと締めて固定すると痛みはかなりやわらぐようです。ただし伸縮性のないさらしですから、動くとすぐにずれるのが難点でした。


それに対して骨盤周囲の特に大転子部あたりの低い位置をしっかり固定できて、しかも動く際にずれにくい細いタイプのベルトというのはとても使いやすいものです。


恥骨離開でベルトでの固定が必要になるほど痛みがひどいお母さんというのは、年間でもそう何人もに出会う頻度ではないのですが、だからこそ、その痛みを緩和して赤ちゃんの世話を行えるようになる製品は必要でした。


今はお母さん達自身でネットでそういうベルトをすぐに見つけられますし、私たち助産師も医療機関向けの医療用品メーカーの資料で整形外科で使用されている骨盤ベルトなどの情報も容易に手に入るようになりました。


わずか十数年ほど前には、なかなかそういう良い製品の情報さえ得にくい時代でしたから、渡部氏が考案した骨盤ベルトが登場したときに助産師の中で評価されたのだと思います。


<母子の骨格のゆがみの予防>


2000(平成12)年頃はまだ私もカイロプラクティックとか整体がどのようなものか知らなかったのですが、渡部氏が考案して販売し始めた骨盤ベルトが少しずつ広がるにつれて、「骨盤ベルトをすることで切迫早産の予防や治療に効果がある」というような話を助産雑誌の広告などで目にするようになって、そこまで公に言ってしまって大丈夫なのだろうかと感じていました。


その頃、ぼちぼちとトコちゃんベルトを購入しているお母さんたちに出会うようになり、実際の製品を見る機会が出てきました。
ソフトな素材で妊婦さんでも締めやすいような作りになっているので、腰痛や恥骨痛の痛みがある方には巻きやすくてよさそうな印象はありましたが、他の骨盤ベルトと比較しても特別なつくりではありませんでした。


それに当時すでに切迫早産の原因として絨毛膜羊膜炎など感染の可能性が高いことがわかっていましたから、なぜその変哲のない骨盤ベルトを常時装着していると切迫早産の予防になると言えるのかがよく理解できませんでした。


さて、2002(平成14)年に設立された母子整体研究会は2005(平成17年)にNPO法人として認証されたようです。
その概要には、「母子の骨格のゆがみの予防と改善のための理論と技術を啓発・普及することに関する事業を行い、女性や母子が真にQOL(生活の質)を高め、健やかに過ごせる社会構築に寄与することを目的とする。」と書かれています。


産後の恥骨痛に対する疼痛緩和としての骨盤ベルトから、大きく「母子の骨格のゆがみ」に対応する整体の組織としての「理念」が明らかになっていったようです。


NPO母子フィジカルサポート研究会>


現在、母子整体研究会はNPO法人母子フィジカルサポート研究会という名称になって活動をしているようです。


ただ、その会のHPの「母子整体研究会のあゆみ」(「団体概要」の「沿革・活動履歴」)を見ると、いつ名称が変って「整体」という表現がなくなったのかよくわかりませんでした。


母子フィジカルサポート研究会の「設立趣旨書」をみると今でも母子整体研究会という名称も使われていることになっていますし、「代表挨拶」の肩書きも「母子フィジカルサポート研究会」ではなく「母子整体研究会」になっていて二重の名称が使われているようです。


その「代表挨拶」の一部を引用します。

全力を尽くして、「骨盤ケアとべびぃケア(仮称)を周産期のスタンダードケアに」という当会の目標に向かって取り組んでまいります。

「べびぃケア(仮称)」というのは、通常の周産期看護における新生児・乳児ケアという意味ではなく、おそらく「べびぃ整体」と言っていたもののことではないかと思います。


<開業助産所の中での母子整体の広がり>


このNPO母子フィジカルサポート研究会というのはどれくらいの活動規模なのでしょうか。


掲載希望会員のみということですが地域別会員一覧がネット上で公開されています。(リンクはできないようです)


中には病院・診療所勤務の会員もいるようですが、多くは開業助産師のようで、この一覧だけでも70数名が「当会の技術を提供させていただく」施設・個人として紹介されています。


助産師には分娩と保健指導を目的に開業が認められているのですが、実際の開業数やその状況を把握するのは実は助産師でも難しいことをこちらの記事でも書きました。


2006年の助産所数は、「開設者683、出張によるもの586」とあります。
現在、これよりも増加しているのか減少しているのかはわかりませんが、1200人ほどの開業の中で、上記の70数名が多いとみるか少ないとみるか。


実際にはもっと多い会員がいるわけでしょうから、わずか10年ほどの間にこれだけ助産師の間に「整体」が広がったというのは、私は脅威的だと感じます。


1960年代に「助産所での分娩が今後は減少し、助産婦の仕事がなくなる」という危機感から始まった乳房マッサージが母乳相談として助産婦に定着したあの時期も、こんな感じだったのではないかと思います。


「母子整体研究会」はその前身にカイロプラクティックオステオパシーがあるようですが、他にもいろいろな「整体」が助産師の中にはあるようです。
次回はそのあたりを見てみようと思います。




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