簡単なことを難しくしているのではないか 5 <母乳育児成功のための10か条>

母乳育児相談に関しても、初産と経産では、相談頻度も内容も全く異なります。


こちらの記事に書いたように、経産婦さんの場合、母乳分泌も退院の頃には「初産の2〜3ヶ月目からのスタート」という感じで出始めますし、新生児の世話も経験があるので赤ちゃんもあまりぐずりません。


また初産婦さんでは、なかなか直接吸い付けなくて搾乳や保護器を使いながら、産後1ヶ月前後に乳輪が柔らかくなって赤ちゃんの口も大きくなった頃からようやく直接授乳ができる方が時々いらっしゃいます。


ところが二人目になると、すでに乳輪も柔らかいので入院中からほとんどの方が問題なく直接授乳を始められます。


初産と経産の母乳育児のスタートの差は明らかなのに、案外とこの差は学問的な手法で明確にされていないのではないかと感じています。


明確になっていれば、当然「母乳育児を成功させるための10か条」に、初産婦さん用と経産婦さん用ができていたことでしょう。


ところが30年近くたった今もまだ、初産も経産も十把ひとからげでこの10か条が守るべき掟のように立ちはだかっている・・・と私には感じてしまいます。


<初産の「授乳支援」の実際>


そもそも、何を母乳育児の「成功」とするのかというところから問い直す必要があるとは思います。


私自身は「お母さんが希望されたような授乳方法にできる限り合わせたサポート」を目指しながらサポートしてきました。
もちろん、退院されていった全ての方に十分に対応できたとはいえないのですが。


私の判断や実際に行っている対応は、おおよそ以下のようなものに最近はなりつつあります。

<初産のお母さん>

1.退院時にだいたい母乳の自律授乳のペースがつかめていて、児も体重増加期に入り、黄疸の増強の可能性がなさそうな場合
→お母さんが不安な時にはいつでも電話相談および来院して育児相談をしていることを説明する。


2.退院時に児がまだ出生時体重から数%減少のままで増加期に入っていない、また黄疸も持続しているか今後増強する可能性がある場合
→退院時の体重減少率・黄疸の程度によって、退院後2〜3日あるいは数日後に来院してもらい体重・黄疸チェックをする。
→母乳が足りないのではなく、黄疸が軽減すれば、こちらのように飲み方や母乳の出方が急激に変化する可能性があることを説明して、それまではミルクも適当に足しながら、赤ちゃんとの生活のペースを作る。


3.直接授乳困難(陥没乳頭などで吸い付きにくい場合、あるいは児がなかなか吸わないなど)のまま退院される場合
→産後2〜3週間頃に乳輪が柔らかくなり直接授乳が可能になること、あるいは児も黄疸が改善する頃に急に飲み方が変わる可能性を説明し、それまでは無理のない程度の搾乳とミルクでの授乳方法により赤ちゃんとの生活のペースを作る。
→腱鞘炎の原因になることと、搾乳の負担は産後のお母さんに心身ともに大きいので、絶対に無理をしないように説明する。
→搾乳(場合によっては保護器も一時的に併用)している間は、直接吸わせる「練習」は無理にしなくてもよいことを説明する。
→産後3週間頃に、直接吸わせる練習を手伝う(日中は児が眠りがちなので、夕方に来院してもらう)。

初産婦さんの経過は、おおよそ上記の3パターンになると思います。



上記の1以外の2.3のパターンの方達は、産後2〜3週間までは母乳への大きな不安を抱えて退院される方です。


出産した産院でフォロー体制があっても、児の体重の増え方だけで「母乳不足」と判断されたり、飲ませ方のテクニック的な指導が主だと、お母さん達はますます「母乳」へと追い込まれていきやすいのではないかと思います。


「もっと吸わせないと、もっと搾らないと出なくなりますよ」「吸わせる練習をしないと赤ちゃんは吸わなくなりますよ」といわれることが多いことでしょう。
「自分の努力次第で、母乳の出方が決まる」と思い込まされてしまいやすいからです。


初めてのお母さんたちにとって、なんと過酷な1ヶ月でしょうか。


搾乳回数や直接授乳の回数が少なくても、案外、1ヶ月頃までは母乳は止まったりしないものです。
そして児が変化するこの生後2〜3週間あたりでちょっとお手伝いをすれば、ほとんどの方が直接授乳が可能になります。
2や3のパターンの方にしたら、「母乳をあげられたらうれしい」と思えれば十分ではないかと思います。


そうこうしているうちに、2〜3ヶ月頃からミルクの補足が減ってくることもよく体験することです。


反対に、それまで母乳が主だったのに3〜4ヶ月頃からミルクが増えて行く場合もあります。


あるいは、それまでの搾乳や直接吸わせるための練習で疲れたり、赤ちゃんもどうしても母乳を受け付けてくれない場合も数としては少ないのですがあります。


初産のお母さんの場合には「母乳育児の成功」を目標にするのではなく、無理のない赤ちゃんとの生活のペースが作れて、赤ちゃんの成長・変化に合わせて過不足なく栄養方法を判断できることが目標と言えるのではないでしょうか?


<経産婦さんの授乳支援>


一人目の時に直接吸わせられなかった、母乳が出なかったとおっしゃる経産婦さんは、多くが上記の2.3にあてはまる方ではないかと思います。


「出なかった」のではなく、おそらく児が黄疸が長引いて産後2〜3週間頃から良く吸い始めていたけれどお母さんは自信を持てないままだったり、体重が増えなかったのは母乳のせいだと思っている方も多いことでしょう。


一人目の時に「うまくいかなかった」と思われる方のほとんどが、二人目は初めからほとんど私達が手を出すこともなく授乳ができます。
ほんのちょっと、自信を持てるように背中を押す一言をかけてあげれば大丈夫です。


お一人目の時にも、十分頑張っていらっしゃること。
母乳かミルクかではなく、お母さんも休息をとれるのならうまくミルクも使いながら上の子たちも育ててくださればよいこと。
だって、お手伝いさんもいないのに一人で頑張っている方がほとんどの時代ですからね。


経産のお母さんの場合にも「母乳育児の成功」が目標ではなく、赤ちゃんや上の子たちとの生活のペースをつくれるようなアドバイスが、私達にとっての授乳支援ではないかと思います。


<10か条は見直す時期>


経産婦さんは産後、強い後陣痛が2〜3日続くことが多いです。
私の勤務先では後陣痛に対しても鎮痛剤を積極的に使っていますが、それでも経産婦さんは最初の1〜2日ぐらいは直母授乳の回数が1日に2〜3回程度のことがよくあります。
それでも、母乳は問題なく出始めます。


初産婦さんの場合は傷の痛みでやはり授乳回数が少ないこともありますが、それでも赤ちゃんのうんちの変化にあわせるかのようにちゃんと母乳は出始めます。


結局は「母乳育児成功のための10か条」はやってもやらなくても、母乳分泌のスタートに関しては同じといえるのではないでしょうか?


「やってもやらなくても変わらない」
それは科学的な手法で確認すれば、「効果は認められない」ということになります。
効果が認められなければ、新たな知見に取ってかわられる。
それが科学的な考え方ではないでしょうか。


私達は、何のためにこのWHO/UNICEFの「母乳育児成功のための10か条」を掲げ続けているのでしょうか?




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