簡単なことを難しくしているのではないか 6 <「完全母乳」という言葉>

「完全母乳」という言葉についてあれこれと考えたことを書いたものが、「完全母乳という言葉を問い直す」でした。


初めてのお母さんたちのスタートというのはおおよそ3パターンになることを昨日の記事で書きました。
さらに厳密に言えば、さまざまな理由からミルクのみの授乳方法になる方もいらっしゃるので4パターンですが。


その3パターンを簡単に再掲すると、以下のようになります。

1.入院中に問題なく直接授乳が軌道に乗り、退院時には児も体重増加期に入り黄疸もなく、とくにトラブルがなければ1ヶ月健診のフォローで良さそうな母児。


2.一見母乳分泌が少なめ、あるいは児がまだ体重増加期に入らず、黄疸も持続しているか今後増強しそうな場合で、ミルクを補足しながら生後2〜3週間目までフォローをするほうがよいと思われる母児。
多くは電話やメールのフォローと、1〜2回程度の体重や黄疸チェックのための来院で解決できる。


3.直接授乳困難で児が吸い付けないまま退院。乳房が変化する産後2〜3週間まで、あるいは児の吸い方が変わる生後2〜3週間まで、具体的な方法や本人の不安に対応するために頻繁な電話やメールでの相談、そして産後2〜3週間目あたりで、直接吸い付けるようにするための練習を1〜2回サポートする。


さて、お母さん達の間でも「私は完全母乳でした」とおっしゃる方が増えてきました。


そういう時のお気持ちと言うのはおそらく「自分は頑張った」ということを認めて欲しいということではないかと思います。
実際に、母乳だけであろうとミルクを使おうと、初めての育児というのはよく頑張りました!というものです。


ただ私から見ると、「完全母乳」になったのは母児ともに条件が良かったことだといえると思います。


<初産の授乳方法に関する「平均」を考える>


上記の1の方は、ほとんどサポートなしにほとんど母乳で育てられる可能性があります。


上記の2の方は、生後2〜3ヶ月で期せずして母乳だけになったということが多くなります。


上記の3の方は、一人目はミルクを足しながら、二人目以降は出産直後から母乳が中心の授乳方法でスタートできる可能性があります。


最近の私は、出産当日から1日目ぐらいのお母さんと赤ちゃんの様子をみるだけで、だいたいこの母児は上記の1,2,3のどのパターンになるか予測がつくようになりました。
その予測にあわせて、お母さんにも早めに見通しを説明して、心の準備をしてもらうように心がけています。


そしてさらに生後3〜4日目あたりの児の黄疸の状態によっては、最初は1だろうと予測しても2に変更することもあります。


また最初は母児とも1の条件を満たしているようでも、黄疸など児の状態によっては2になるわけですから、これはお母さんの努力ではどうすることもできない部分です。


正確に統計をとったわけではないのであくまでも私の感じ方ですが、初産のお母さんたちで1に該当する方は全体の5割ぐらいでしょうか。
2に該当する方は3〜4割ぐらい、3が1割ぐらいです。


つまりは、最初の1ヶ月近くまではミルクを使いながら待つ必要のある母児の割合が、初産の場合には半数ほどはあるのだろうと思います。


その1ヶ月の間「ミルクを足さない」方針で、母乳率を100%にすることはできると思います、統計上は。


でも「ミルクを足さない」ことを目標にするのでしょうか?
「完全母乳率」をあげることを目標にするのでしょうか?



2〜3ヶ月まではミルクを使いながらも、その後は母乳だけになったといういうお母さん達がけっこういらっしゃるという事実は、それもまた「その方法(ミルクを足さない)をしてもしなくても、変わらない」とも言えるのではないでしょうか。


だとすれば、赤ちゃんとの生活のペースづくりのためにお母さんに無理をさせない方法をサポートするのが、看護の本質ではないかと思います。
生活を整える、それが看護ですから。


<お母さんたちが使う「完全母乳」という言葉>


おそらくお母さんたちが「私は完全母乳でした」という時には、上記のような初産婦さんの全体像というのは見えていないことでしょう。
産科関係者でさえ、見えていない人が多いのでそれは仕方がないことですが。


「初産というのは条件がよければ1になるし、2や3のパターンになる人もいる」という客観的な視点がお母さんたちの中に広がれば、「完全母乳」を目標にしなければと追い詰められる人も減ることでしょう。


そして「私も頑張ったら完全母乳になったから、こうすればよいよ」という一言が、まぁ良かれと思ってもお節介になりうることへの理解も広がって欲しいものです。


そして、全ての初産のお母さんたちが退院のころまでに冒頭の1になるような対応策というのはないわけですし、今後もないことでしょう。


その事実をみとめれば、「完全母乳」という言葉がリアリティのない言葉であるかを理解できるのではないかと思います。
そんなに難しいことではないことだと思いますけれど。




「簡単なことを難しくしているのではないか」まとめはこちら