母乳のあれこれ 6 <「乳腺が開通する」とは何か>

産後2〜3日目に起こる強いおっぱいの張り。
思い出しても恐怖を感じられる方もいらっしゃることでしょう。
「お産が終わって、もう痛いことから解放された」と安堵していると、傷や後腹(あとばら)の痛みがあり、そしてこのおっぱいの張りがとどめを刺すかのように産後のお母さんたちを打ちのめしてくれます。


寝返りを打つのもつらい、頭痛や肩こり、背中まで痛くなるような張りと熱感があります。


中には、出産直後からずっと赤ちゃんと一緒に過ごして、頻繁に吸わせていらっしゃった方でも強い張りが起きることがあるし、最初の頃は預けてミルクを補足していた方でもそれほど強くならない場合もありますから、「最初から直接授乳だけをしていれば防ぐことができる」わけでもないさまざまな要因があるのだろうと考えています。


お産の経過が初産と経産では全く違うように、同じ「おっぱいが張ってつらい」この時期も、初産婦さんと経産婦さんでは全く違うことをこちらで書きました。


<経産婦さんのおっぱいの張り始め>


初産婦さんのおっぱいの張り始めはおっぱい全体が硬くなって熱を持っている「乳房うっ積」に対して、経産婦さんの場合には、それまでうまく飲まれていなかった方向が部分的な硬さとして感じられる「乳汁うっ滞」のことが多い印象です。


一見、全体にガチガチに張って熱を持っているようでも、触ってみると必ず硬い方向が限局して感じられます。
おっぱいの外側や下側、あるいはその対極の方向などです。


その硬い方向と同じ方向の乳輪の奥にやや硬い感触がありますから、搾る要領で乳輪を刺激すると少し母乳が湧き上がってきただけでも乳輪がかなり柔らかくなります。
これを「圧抜き」と表現している助産師が多いのではないかと思いますが、こうしたひとつひとつの看護技術もまだ標準化されていないのが現状です。


さて、少し圧抜きしたあとに、硬結が感じられる方向の乳腺を乳輪の部分で十分に赤ちゃんの口で刺激できるように、深くくわえさせられるように抱き方や少し乳房に圧をかける方で授乳を介助します。


この時に赤ちゃんが乳輪を深く刺激できれば、驚くほど硬い部分や方向がなくなっていきます。


経産婦さんの場合、こうした方法で2〜3回の授乳を気をつければ、翌朝までに強い張りも軽減していきます。


張りがとれるかどうかは、赤ちゃんが「どれだけ量を飲んだか」ではなく、「どれくらい深い部分の乳腺を刺激して分泌させられたか」によるものであることはこのような授乳介助や搾乳をしてみるとわかります。


<経産婦さんの張りの強いおっぱいを搾乳してみる>


上記の授乳介助だけでは軽減しないほど強い張りの経産婦さんの場合、たいがいは赤ちゃんがまだあまり深い吸いかたをしない時期の印象があります。


その理由のひとつとして、初産と経産の赤ちゃんの違いで書いた、生理的黄疸があるかもしれません。
黄疸が高くなり始めている赤ちゃんは、あまり深い吸啜をしないでくちゅくちゅとおっぱいを吸っていることが多い印象です。


初産婦さんの場合、黄疸が強くなり始めている段階では不思議とおっぱいもまだあまり刺激されてこないので、張らないことがあります。
ところが経産婦さんの場合、赤ちゃんの必要量以上に早く分泌が始まるのかもしれません。


こういう場合には、直接吸わせるだけではおっぱいの張りも軽減しないどころかもっとひどくなるので、搾乳をする場合があります。


経産婦さんの場合、張り始めの時期には中途半端に搾ってもまたすぐに張ってきてしまいます。
中途半端というのは、30mlとか40mlぐらいかなりの量を搾ったとしても、中途半端なのです。


いろいろと試した結果、私自身は、こうした経産婦さんで赤ちゃんの授乳だけでは強い張りが改善されない場合には、一気に全体が柔らかくなるまで搾る方法を実施しています。
特に硬い部分の方向が柔らかくなるようにします。
時には200mlぐらい搾れるときがありますし、そこまでにするには1時間ほどかかることもあります。


ただ、乳輪の表面を搾るのでは、量は出てもすっきりしません。
乳輪の奥のほうにある硬い部分を重点的に刺激するような感じです。
・・・本当に言葉で表現するのは難しい世界です。


ある程度「表面の乳腺」から沸きあがり終わっても、しばらく乳輪の奥を刺激していると新たに射乳反射が起きて、ふと硬結が小さくなっていきます。
この搾乳を繰り返していくうちに、「奥の乳腺」からも母乳が湧き上がるようになって硬い部分も張った感じも少なくなります。


そう、この感じが私にとって「乳腺が開通した」状態です


イメージとしては、ロープを十数本、束にした時に必ず表面に出ているロープと内側になるロープが出てきますね。
乳腺も十数本の乳腺がそんな感じで、乳輪の下にあるわけです。
「表面の乳腺から少しずつ刺激されていく」
そんな感じです。


経産婦さんの場合、一度ここまで奥の方の乳腺まで分泌が始まる状態になると、あっという間に乳輪もおっぱい全体もふわりと柔らかくなり、「張らなくても出てくる」状態になっていきます。
多少張りが続く方でも、数日以内には「張らずに、その都度さして沸いてくる」おっぱいになることでしょう。


ただ、ほとんどの場合、ここまでの搾乳は必要なくて少し授乳方法をお手伝いして軽くクーリングをするだけで改善していきます。


<おまけ・・・抱き方、くわえさせ方が有効になる時期>


経産婦さんのおっぱいの張りが強く感じるのは「それまでうまく飲まれていなかった方向が、部分的な硬さとして感じられる『乳汁うっ滞』」だと、上記で書きました。


であれば「ラッチ・オン」「ポジショニング」が大事ではないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その言葉だけでは「胎便から母乳便になるまでの新生児のうんちとの闘い」も、「哺乳行動とは消化・吸収・排泄までの総合的な複雑なしくみ」もみえてこないことでしょう。


お母さんのおっぱいが張り始める前の赤ちゃんは、浅い吸い方をなおさなければいけない、あるいは訓練して深く吸わせなければいけないものという思い込みから抜け出すことが必要だと思います。


この張りの時期あたりから、抱き方やくわえさせ方を本格的にサポートしていくぐらいで良いのではないかと思っています。



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