「産婦人科の実際」2012年1月号(金原出版)の「特集 緊急有事における産婦人科体制づくり」の中に、実際に災害救助に派遣された日本赤十字社医療センター周産期母子センターの中根直子師長の「避難所における妊産婦の保健指導・看護支援」という報告があります。
その中の「避難所の環境と看護支援」の中で、避難所の環境や栄養状態の悪さと妊婦さんの妊娠高血圧症候群(PIH、pregnancy induced hypertension)が増加していたことが書かれています。
(前略)そのような状況を反映してか、妊婦健診で血圧が140/90mmHgを越える妊婦が多く、石巻赤十字病院では分娩時にPIHの診断範囲に入った産婦が2割に上った。
1970年代まで岩手県のへきち地域の妊娠中毒症発症率が20〜30%と高率であったことをこちらの記事の資料から紹介しました。
2005年(平成17)年にそれまで妊娠中毒症だったものが妊娠高血圧症候群に変わり、その考え方や定義も大きく変わりました。
ですから発症率や状況を1970年代とは単純には比較できないのですが、適切な生活環境や栄養によって予防できる可能性のあるPIHも、災害あるいは貧困や過酷な労働などにより容易に発症すると考えてよいのではないかと思います。
今回は、この妊娠高血圧症候群に視点をあてた災害時の妊産褥婦さんのケアについて考えてみようと思います。
<分娩時、産後に血圧上昇する人が増えた>
現在の妊娠高血圧症候群の定義は、「妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症ではないものをいう」(「周産期医学必修知識第7版」東京医学社、2011年)となりました。
「周産期医学必修知識第7版」ではPIHの疫学として以下のように書かれています。
妊娠高血圧症候群は全妊婦の4〜8%にみられ、重症型は1〜2%、妊娠高血圧腎症は2〜3%である。
肥満、高齢妊娠、家族歴はリスク因子といわれ、初産婦に多い。
妊娠高血圧症候群の再発率は約10%で、全妊婦の発生率よりは高率であるから、既往のある者はハイリスクとして取り扱う。
子癇(しかん)発作の頻度は全妊婦の0.2〜0.5%である。
妊娠高血圧症候群は、常位胎盤早期剥離やHELLP症候群、そして上記の子癇発作のようなけいれんや脳出血などの合併症を起こしやすくなるので、産科ではその管理が重要です。
上記の「疫学」には、過去に比べて増加しているかどうかは書かれていませんが、二十数年前に比べて特に分娩直前や産後に急に血圧が上昇する方が増えている印象があります。
ひとつは「疫学」に書かれている通り、高齢妊娠の初産婦の増加があるかもしれません。
それと以前は「疫学」に「肥満」と書かれているように、妊娠中毒症といえば「太りすぎに注意」という体重管理が主でした。
ところが最近は、私の勤務先の妊婦さんをみてもBMI25以上の方は月に一人か二人いらっしゃるぐらいで、むしろBMI19以下の痩せ型の妊婦さんが全体の3分の1から半分を占めています。
こうした非妊時に痩せ型の体型だった方が妊娠期に15kgぐらい体重が増えた時に、分娩開始とともに血圧が上昇したり、産後2〜3日目に急激に上昇して産後1ヶ月ごろまで血圧が高い状態が続くことをしばしば経験しています。
もともとやせていらっしゃるので15kgぐらい増えても、見た目はまったく太ってもいないのです。
そして「疫学」にも書いてあるように、やはり初産の方が圧倒的に多いです。
通常は年齢が上がるに従って高血圧も出やすいので経産婦さんにも増えそうなものなのですが、むしろ初産でPIH既往の方でも、二人目は大丈夫なこともしばしば経験します。
あくまでも印象の段階の話ですが。
<災害時の産褥期高血圧の管理>
通常でも、こうした分娩時や産褥2〜3日目に血圧が上昇したお母さんに対しては、できるだけ心身ともに休息をとれるように配慮をします。
この時期に無理をしなければおおよそ2〜3週間で血圧が元に戻る可能性が高いという見通しを説明し、退院後もミルクを補足しながら休息をとれるような授乳方法を説明します。
こちらの記事で書いた初産婦さんの3パターンのうちの2にあたります。この場合、お母さんの体調管理を理由としてしばらくミルクを補足し、その後の体調によってはミルクを減らしていくことは可能です。
それでも、産後、イメージしていた赤ちゃんの世話や授乳ができずにいわばドクターストップがかかったような状態になりますから、お母さんたちも高血圧になってしまったことと赤ちゃんの世話に全力を出せないことの不安や葛藤が大きいものです。
災害時となればこのような方はその精神的ストレスでもっと血圧が上昇する可能性がありますし、産褥期に血圧が上昇する方も平時に比べて増える可能性があります。
そして血圧に対して十分なフォローや管理もできない災害直後の自宅や避難所へと退院していかなければならなくなります。
このように、妊娠高血圧症候群という点からも、「妊婦へ災害を見据えた対応としての、母乳育児推進について説明」することや「入院中、早期に母乳栄養が確立するように授乳指導」という視点では、分娩施設としては対応不十分だと思います。
災害時には、特に分娩直後の初産婦さんに対しては無理をさせない配慮が本当に大事だと思います。
「災害時の分娩施設での対応を考える」まとめはこちら。