行間を読む 83 妊娠高血圧症候群の変遷

1980年代に産科を学んだ時にはまだ「妊娠中毒症」でした。英語だとtoxemia of pregnancyなので、略語として「TOX」が使われていました。

その時代の癖で、たまに「TOX」と書いてしまうと、若い世代のスタッフから「それ何の意味ですか」と質問されてしまいます。

 

周産期医療用語の中でも疾患名や定義、概念の変遷が最も大きいのが、この妊娠高血圧症候群かもしれないと思い出しています。

 

*PIHからHDPへ*

 

「TOX」は、ある時期から「PIH(妊娠高血圧症候群、pregnancy induced hypertension)」に変更になり、さらに最近では英語表記が「HDP (hypertensive disorders of pregnacy)」になりました。

ようやくPIHがなじんできたところで、新しい略語がなかなか出てこないことがあります。

 

この歴史が、「周産期医学7月号 特集 知っていますか?産科主要疾患 最新の定義/海外との違い」(東京医学社)にまとめられていました。

 

「はじめに」にその経緯がまとめられています。

我が国の妊娠高血圧症候群の定義・分類は、1962年に初めて晩期妊娠中毒症として作成されたが、その後一部改変が行われ、1997年には妊娠中の「高血圧」「蛋白尿」「浮腫」を三主徴として診断される「妊娠中毒症(toxemia of pregnancy)とし、一般臨床の場でも周知されるようになる。一方、1970年以降欧米を中心にした諸外国では高血圧がその主徴であるとの考え方から、新しい定義・分類・診断基準が作成された。我が国においても2005年に「妊娠高血圧症候群(Pregnancy induced hypertension:PIH)」と疾患名称を改め、新定義・分類を発表した。

 

我が国のPIHの新定義・分類には高血圧合併妊娠を含めていなかったが、諸外国の病型分類では高血圧合併妊娠を含めたものとなっており、その分類は作成当初から諸外国と比べ少し異なったものであった。その後我が国においても、妊産婦の高年化に伴う高血圧合併妊娠の頻度は上昇し、妊娠中の高血圧病態における妊娠前からの高血圧症の存在を無視できなくなってきた。また、PIHの疾患名称は諸外国では次第に使用されなくなってきており、定義・分類も国際的な趨勢を反映していない状況となってきた。このような理由から、我が国でも2017年に疾患名称の英文表記をhypertensive disorders of pregnancy(HDP)に変更し、2018年に定義・臨床分類も全面改訂となった。

 

 PIHに変更されたのは2005年だったのですね。

この時には、それまでの「高血圧・蛋白尿・浮腫」の三主徴が見直され、臨床的には程度にもよりますが、浮腫があまり重要視されなくなったと記憶しています。

 

2017年にHDPという略語に変わった時に、一応、何が変わったのか文献を読んだ記憶があるのですが、臨床での対応にはあまり変化がなかったためか、その変化の理由をよくわかっていませんでした。

日本の場合は、「妊娠中に血圧が上がり始めた場合」がTOXやPIHだったものが、「もとから高血圧だった場合」も含めるのがHDPという感じでしょうか。

 

ちなみに、1980年代終わり頃、私が助産学生だった時に使用した「最新産科学ー異常変ー 改訂第18版」(真柄正直著、室岡一改訂、文光堂、昭和62年)の妊娠中毒症の概念を読み直してみました。

妊娠そのものが原因となって母体に起こる疾患で、妊娠前期では嘔吐を主徴とし、妊娠後期では浮腫、蛋白尿、高血圧を主徴とする症候群である。 

 

やはり妊娠を機に血圧が上がることが、妊娠中毒症の概念だったようです。

それにしても、「妊娠前期では嘔吐を主徴とし」という箇所は、私が学生の頃にも習った記憶はないし、卒業してからも妊娠前期の嘔吐を妊娠中毒症ととらえたことはありませんでした。

読み飛ばしていたのか、それともすでに概念に含まれなくなっていたのでしょうか。

 

時々、こうして変遷を見てみると新たな発見がありそうです。

 

そして胆沢地区で多かった妊娠中毒症についても、定義の変遷も踏まえて行間を読む必要がありそうです。

 

 

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