「災害時の分娩施設での対応を考える」まとめ

私が新卒として働き出した1980年代前半には、まだ訪問看護も、あるいは災害時の看護という領域もありませんでしたから、「看護」とは病院内での仕事というイメージでした。


たかだか臨床経験3年ぐらいで、「自分の医療の技術や知識が役にたったら」と難民キャンプでの医療救援活動へ飛び込んだのは、根拠のない自信に満ちた若気の至りだけでもなく、もしかしたら「非常時の看護」を知りたいという思いもあったのかもしれません。


ただ、ひと口に「難民救援」とか「途上国支援」といっても、地域によって状況がさまざまですから、「これが非常時の看護」といえるほど一般化できることがないという当たり前の現実に、手も足も出ない無力感を体験できたことはよかったのかもしれません。


2000年代に入って、災害看護という言葉が国内で聞かれ始めた時に、いつのまにそういう視点が国内に芽吹き始めていたのだろうと驚きました。
私は海外のことばかりに目をやっていましたが、地震や水害、あるいは噴火などで毎年たくさんの被害が出ている日本です。
なぜ、私自身、自然災害の多い国に生きていながら、その国内での「非常時の看護」を思いつかなかったのだろう、と。


この災害看護という言葉がうまれたきっかけは、1995年にあるのかもしれません。阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件がわずか2ヶ月の間に起きた年でした。


医療従事者として、こういう時にどのように行動したらよいのか。
緊張感をもちながらニュースを追っていましたが、まだこういう特殊な時の状況は赤十字自衛隊あるいは救急隊にまかせるしかないと、国内のこうした非常時にもまた手も足もだせない無力感に陥りながらも非常時の看護をシミュレーションしていました。


2011年3月11日。
あの日からしばらくは、余震や原発事故、計画停電などで、都内近郊でも、今日明日の予測も立たない非常時の中での診療でした。



物資が足りないとか現実の問題はなんとか対応していけましたが、一番こわいのは飛語流言かもしれないとつくづく感じました。
特に善意から出た、現実的に役に立たない言葉が広がっていきやすいのですね。
短期・中期・長期視点から考えれば、もっと現実的に必要なことが見えそうなのに。


そんな思いで、東日本大震災の頃を考えてみた記事です。
「分娩施設の対応」となっていますが、今後は災害時の話題はこのまとめに入れていこうと思います。


この「災害時の分娩施設での対応を考える」を書くきっかけになった記事はこちら。

「災害時の液状乳児用ミルクについて考えたこと」
「完全母乳という言葉を問い直す 27 <災害時のフェーズ0>」
「完全母乳という言葉を問い直す 29 <災害時の完全母乳『戦略』>」
「完全母乳という言葉を問い直す 30 <災害時の母乳代用品の監視行動>」
「災害時の『助産技術』もこれですか?」

「災害時の分娩施設での対応を考える」まとめ。

1. 電気と水がない災害時の分娩に必要なことは何か
2. 分娩と医療体制
3. 岩手県の報告より
4. 「分娩施設」とは助産師のいる施設のことだけなのか
5. 災害時の「授乳支援」
6. 災害と妊娠高血圧症候群
7. 有床診療所での災害対策
8. 現場の智恵に学び、活かす
9. 東日本大震災と原発事故発生時の記憶
10. 福島から転院されてきた方の受け入れ
11. 放射性物質の不安と対応についての記憶
12. 災害時にどのように情報を得るか
13. 放射性物質の水道水混入時の情報
14. 医学会の情報共有システムがない
15. 原発事故後に出された周産期関係の見解
16. ヨウ素剤予防投与について
17. 原発事故への「現実的対応」
18. 「災害看護」とは
19. 私自身の得た教訓のようなものー全体像をとらえる
20. 現実的対応とデマの防止
21. 吹雪と出産


それ以外の災害関連の記事のまとめ。

事実とは何か 35 <テレビの緊急時の放送>
事実とは何か 36 <災害時の短期・中期・長期視点>
災害時の乳児の食糧の短期・中期・長期視点
液状乳児用ミルク関連のまとめ
事実とは何か 49 自分の中の災害史を正確な年表にする
事実とは何か 50 災害の全体像、総論が明文化され始めた
「授乳・離乳のガイド」のあれこれ 3 災害という視点が明記された
記録のあれこれ 47 日常から非日常、そして日常へ
新型コロナウイルス関連の記事のまとめ
記録のあれこれ 77 バスと列車の水没、橋梁流出
事実とは何か 71 特定非常災害と激甚災害
10年ひとむかし 69 災害時の対応の変化
ケアとは何か 35 生活を把握するシステムがない


2020年6月25日追記
新型コロナウイルス関連」から考えたこともこのまとめに入れました。