完全母乳という言葉を問い直す 33 <完全母乳の定義とお母さんたちにとっての「完全母乳」>

こちらの記事にコメントをくださったぽむぽむさんに約束をしていた記事を書こうと思います。
ぽむぽむさん、おまたせしました。


そして、私にとっても久しぶりの「完全母乳という言葉を問い直す」シリーズです。


ぽむぽむさんは、「妊娠出産をただただ記録するブログ」を書かれていらっしゃいます。
妊娠中はともかく、産後にこれだけ「ただただ記録」することだけでも大変そうですが、ご自身が直接確認の電話をしたり、試していらっしゃる記事が多いことがすごいと思いました。


その中の「母乳育児について成功した理由を考えてみました」について、私の感想を記事にさせていただくことを快諾してくださいました。ありがとうございます。


<「完全母乳」とはどのように受け止められているのか>


ぽむぽむさんの「母乳育児成功について成功した理由を考えてみました」の記事に「完全母乳で育てることができました」と書かれていたのを読んだ時に、軽くめまいがしました。
というのも、ぽむぽむさんのプロフィールには帝王切開での出産と書かれていたからです。


帝王切開で手術室から戻った直後から母子同室をさせている病院があることを実際に知っていたので、その方法かあるいは補足するのは糖水だけだったのか、いずれにしても手術後からお母さんの術後の休息や回復よりは、母乳指導に重点が置かれていたのだろうかと思って読んでいました。



その後、「出産直後の授乳回数+粉ミルクを足した回数」を書かれていて、状況がわかりました。
3日目までミルクを足していらっしゃって、その後母乳だけになったようです。
ぽむぽむさんが術後、休息をとれて良かったとほっとしました。



その中でぽむぽむさんはこう書かれています。

母乳育児について調べていて、「完全母乳」は「粉ミルクを一切与えない」という意味でも使われていると知りました。

あるいは勤務先でも、お母さんたちは「途中までミルクを足したけれど、ある時期から母乳だけになりました」という意味で「完全母乳」と表現されている方がほとんどです。


ところが1991年にWHOが定義した「完全母乳」は言葉通り、母乳だけのことを指します。

exclusive breastfeedingとしてビタミン、ミネラル、薬などの投与は可能
(「小児内科」2010年10月号、「母乳育児とは」より抜粋)

このexclusive breastfeedingを完全母乳と日本語では訳されています。
ビタミンK2シロップを与えるのは、「完全母乳」に定義上は含まれます。


また、脱水時などに水やORS(経口補水剤)あるいはジュースを足した場合はpredominant breastfeedingとしてさらに完全母乳からは区別されます。


それほど「完全母乳」は厳格な定義があるのです。



でも私自身、仕事中は「途中までミルクを足して完全母乳になりました」という方に出会っても、面と向って「それは定義上は『完全母乳』ではないのよ。残念ね」というような野暮なことは言いません。


お母さん達は、何にしても「頑張って赤ちゃんを育てた」ことを認めて欲しいと思っての言葉だと受け止めているからです。
そして、お母さん達も「全くミルクを足さないこと」にこだわっていたわけではないことを感じるからです。


<なぜ医学上の「完全母乳」があるのか>


たとえば「簡単なことを難しくしているのではないか6」で書いたように初産の場合、一定数の赤ちゃんが何らかの理由で体重減少期が続いて2〜3週間はミルクが必要だったり、よく泣いて眠りの浅い赤ちゃん、あるいは直接吸いつきにくいなどの理由でしばらくミルクを足す必要がある場合があります。


あるいはぽむぽむさんのように生後3日間だけミルクを足したような場合に、定義上の「完全母乳」にはならなくても何か赤ちゃんに問題があるのでしょうか?
ミルクを与えることで赤ちゃんに健康被害や成長・発達に被害があるのでしたら、まず足さないことでしょう。


なぜあえて厳密に「完全母乳」だけ定義されたかというと、むしろ「完全母乳」あるいは「完全人工栄養」という言葉は定義しやすかっただけだと思います。


医学上の「混合栄養」は未だに明確な定義がないままです。
上で引用した「小児内科」2010年10月号(東京医学社)の「母乳育児とは」では冒頭で以下のように書かれています。

母乳栄養に対する言葉として人工栄養や混合栄養がよく使われるが、どのくらい母乳を飲んでいれば母乳栄養で、どのくらいしか母乳を飲んでいなければ人工栄養なのかについても明確な基準がないのが現実である。

健診などで「母乳・混合・人工乳」に丸を付けさせる機会がたくさんあって、お母さん達は悩まれることでしょう。
実は私たち医療従事者でさえ、明確につけられない分類なのです。


1日に1回ミルクを足しただけでも「(完全)母乳ではない」と思う方もあれば、「ほぼ母乳」と受け止める方もあることでしょう。


目の前の赤ちゃんの成長・発達について、あるいはお母さんが赤ちゃんとの生活のペースができているのかという評価にはあまり意味がない質問だとしても、お母さんたちは答えを記入しなければいけません。


その理由は、医学(科学)というのは全体を把握する統計が必要だからだといえるのかもしれません。


あるいは、上記のWHOのexclusive breastfeeding(完全母乳)には日本ではあえて乳児に与える必要のない「ビタミン、ミネラル」が含まれていますが、これはUNICEF開発途上国で勧めているビタミンAやヨウ素の投与が念頭にあるのではないかと思います。
これらのビタミンやミネラルを与えると「完全母乳」ではなくなるのであれば、WHO/UNICEFが自ら勧めている「完全母乳」推進が実現不可能になってしまいますから、便宜上、これらを飲ませても「完全母乳」でなくなるわけではないとしたのでしょう。


10年ぐらい前の日本では産科病棟でもほとんど耳にすることのなかった「完全母乳」という言葉がここ最近広がりました。
「統計上、母乳栄養を分類する必要性としての『完全母乳』という言葉」(医学モデル)が広がったために、お母さん達の考える「母乳育児」(社会モデル)との間になにか食い違いがでてきてしまったように私は感じます。


もうすこし、ぽむぽむさんへの答えが続きます。




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