哺乳瓶のあれこれ 5 <1991年「母乳相談室」発売と広がるまでの時間差>

アフリカへの郷愁に浸っていたので随分と間があいてしまいました。
1990年代に勤務していた産科施設ではヌーク社の独特の形の人工乳首が主流だった話の続きです。


こちらの記事で紹介したピジョン社の「哺乳びんの歴史」では、1991年に「母乳育児トレーニングのための『母乳相談室』哺乳ビン・乳首を発売」とあります。


この正式な名前は「桶谷式直接授乳訓練用 母乳相談室 哺乳びん」で、ピジョン社とオケタニ企画株式会社が共同制作したもののようです。


1991年に発売されていたようですが、私が病院で実際に見かけるようになったのは1990年代も終わりの頃でした。
どこかの研修か学会に行ったスタッフが、「いいらしい」と取り入れ始めたような記憶があります。
それまではヌークが「顎の発達によい」ということで臨床では絶大な人気がありましたが、1990年代終わり頃からは「母乳相談室」に徐々に入れ替わっていきました。


上記のサイトでは以下のように書かれています。

母乳で授乳したいお母さんのためのトレーニング用哺乳びんです


母乳相談室は、赤ちゃんが大きな口をあけてお母さんのおっぱいを飲むトレーニング用として開発されました。
母乳で育てたいけれど、母乳をうまく飲めない赤ちゃんや、乳首のトラブル(扁平・陥没)などで一時的にどうしても母乳を飲ませられないお母さんにおすすめする哺乳びんです。

この「赤ちゃんが大きな口をあけてお母さんのおっぱいを飲むトレーニング」が本当に必要なのかについては、次回から考えていこうと思います。



今回は、この哺乳びんが開発された時代背景と、なぜ国内の施設でヌークに置き換わるまで10年ほどの時間差があったのかを考えてみます。



<1989年の「母乳育児成功のための10か条」>


1980年代までに出版されていた桶谷式の中には、「赤ちゃんは飲み始めにくちゅくちゅと浅い吸い方があって、そのあと母乳が湧き上がってくると大きな口でゴクゴクと飲む」というような表現がよく使われていたと記憶しています。


これは、赤ちゃんの吸い方の「本質」に近い観察だと思っています。


その当時は、桶谷式も「おいしい母乳を飲んでいる赤ちゃんの特徴」を挙げながら、いかにミルクや哺乳びんで育った赤ちゃんは・・・ということを強調していましたが、それでも哺乳びんを使うこと自体が母乳哺育に決定的な弊害をもたらすということは言っていなかったように記憶しています。


「哺乳びんで授乳をすると直接授乳ができにくくなる」かのような考え方のきっかけになったのは、1989年のWHO/UNICEF「母乳育児を成功させるための10か条」のこの一文ではないかと思います。

9.母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えないこと

この一文が、医療従事者にも哺乳びんと人工乳首を使うことが「禁止」のような意識をもたらすことになりました。


また、企業にも「母乳支援に関する国際基準(WHOコード)」の遵守が求められる時代になりました。


このような時代の中で、「母乳で授乳したいお母さんのためのトレーニング用哺乳びん」といったキャッチフレーズや「母乳相談室」という名前が産みだされたのではないかと推測しています。


<人工乳首が直接授乳の弊害?・・・現場との認識の差>


ヌークが日本に上陸してわずか数年で一気に広まったのは、「顎の発達によい」と言われたことが受け入れられたこともありましたが、どちらかというと従来の哺乳びんや乳首に比べて「ミルクが出過ぎない」、つまり赤ちゃんが時間をかけて飲めることが画期的だったからではないかという印象があります。


それまでの哺乳びんは、傾けただけで乳首の先端からピューッとミルクが飛び出すほどでしたが、ヌークは赤ちゃんがくちゅくちゅと待つ間は出すぎずに済みました。


まぁ、結局はヌークでも従来の乳首でも、大半の赤ちゃんがおっぱいの飲み方にも適応していましたし、むしろ月齢が上がるに従って「哺乳びんを受け付けなくなって困る」ことの方が現実的な問題でした。


ですから、「母乳育児を妨げないようなトレーニング用の乳首」の必要性は現場にはほとんどなかったことが、「母乳相談室」が広がり始めるまでに10年ほどかかった理由ではないかと思います。