哺乳瓶のあれこれ 6 <「アヒルの口」のように大きくあけさせる>

前回の記事で紹介したピジョン社とオケタニ企画が共同開発した「母乳相談室」という哺乳びんと乳首は、従来のものと大きな違いがありました。


ヌークの乳首も独特の形ではありましたが、その人工乳首を哺乳びんにはめこむネジの部分はそれまでのどのメーカーとも同じでしたので他社の哺乳びんにも使えますが、「母乳相談室」は共用できないものでした。


「母乳相談室」の上記リンク先の写真と説明を見るとわかるとおり、「さく乳した母乳も注ぎやすい広口タイプ」であり、哺乳びんの口径も従来より大きいのは、人工乳首自体が「赤ちゃんの口を大きく開けさせる」ことを目的としているようです。


「使い方のポイント」に「このとき、上唇と下唇を巻き込んでいたら、保護者の指でやさしく外側にめくってあげましょう」と書いてあるように、「母乳をうまく飲んでいる赤ちゃんは、口を大きく開けている」はずであり、そうした口の形に訓練が必要という考え方が根底にあるようです。


本当にそうなのかという点はまた後々考えていくことにして、この哺乳びんの広がりとともによく聞かれるようになった、「アヒルの口のように開かせて」という「授乳指導」を受けた方の体験が書かれたブログを紹介しましょう。


<「この子のために一番いいのよ!」>


わたしが「とらねこ日誌」のdoramaoさんに出会った頃の2009年に、衝撃を受けた記事でした。
「母乳育児に完全は必要なのか」の中で紹介されていた、「強欲でいこう」というブログの「母乳育児の検証3(個人的経験)」です。


文中に出産した施設名が書かれていますが、その施設だけでなくこの「アヒルの口のように開かせる必要がある」ということがどこからともなく助産師の間に広がっていると、当時私も感じていました。


「アヒルの口」を指導している場面を抜粋してみます。

1日目


助産師による授乳指導、(赤ちゃんがちゃんと咥えているか、姿勢は正しいか、など。赤ちゃんの唇がアヒルの嘴のような形になっているか、唇が内側にめくれ込んでいないかとか、いろいろとあるのだった)

1ヶ月健診


その後の授乳指導で、子どもの吸い方が悪いから「特訓しましょう」と言われ、私は仰向けになった状態で、子どもは口に助産師さんの指を突っ込まれて、正しい吸いかたをしているかチェックされた後、私の胸の上から助産師さんに唇を開かされた状態で授乳。アヒルの嘴のようになっていなければ、また離されてやり直し、子どもは泣き叫ぶ、助産師さんはそれでも、「これで吸えるようになれば、それが子のこのために一番いいのよ!」とまさに涙の特訓が30分ぐらい(今思うと、かなり異常な光景)。

壮絶としか言えない光景ですが、「アヒルの口(嘴)のように大きく開かせるべき」という考えが助産師の中に広がったのは、いつごろからどのような理由だったのでしょうか。



<「赤ちゃんは今吸いたいのではないと思います」>


「アヒルのように口を開けさせる」ことではなかったのですが、私も以前は目が覚めて泣き始めた赤ちゃんにおっぱいをくわえさせる「練習」が必要だと思っていました。


真っ赤な顔をして激しく泣いて、のけぞっている新生児の舌の上に乳首を載せれば吸い始めるはずだと考えていました。
「新生児にとって『吸う』ということはどういうことか 6」の<新生児が「吸えない」ことと「吸わない」こと>の中に、それまでしてきた「授乳指導」が間違っていたのではないかと気づかされた日のことを書きました。
今から十年ちょっと前のこと。

新生児が泣いていること、新生児が吸わないことにも、新生児なりの理由がある。おっぱいだけが答えではないという、当たり前のことに気づかされました。

そうなのだ、新生児(乳児)がうまく吸えないのではなく、吸いたいわけではないのだから待ってみればよいだけなのだ・・・と。


待っていると、時にはわずか10秒とか20秒待っているだけで、新生児自ら吸い始めたりします。
大人にはこの時間が待てないのですね。
何かをしなければと思ってしまうのだと思います。



昨日の記事に書いたように、1980年代頃の桶谷式の本の中では「赤ちゃんは最初はくちゅくちゅして、おっぱいが湧き上がると大きな口を開けてごくごくと飲む」と書かれていたのは、「大きな口」がポイントではなく「最初はくちゅくちゅと待つ」ことだったのではないかと思います。


「くちゅくちゅ」であれば、口を少しすぼめたような動きもまた赤ちゃんには必然性がある動きということになるはずです。



ところが、「大きな口をあけさせるトレーニングが必要」という方へ変わってしまった。
そこにはどのような仮説があり、どのような検証がされたうえで、この「効果」をうたった商品が販売されるようになったのでしょうか?


新生児や乳児の哺乳行動(授乳だけでなく消化・吸収・排泄までの一連の行動)が観察もされていない、思い込みだと私は考えています。


<哺乳びんを使ってはいけない>


さて、もうひとつ「アヒルの口」にくわえて、冒頭で紹介したブログの記事には、生後4日目に「病院では哺乳びんのキャップをコップ代わりにして与えるように指導された」ことが書かれています。


WHO/UNICEFの「母乳育児成功のための10か条」の「9.母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えないこと」の一文が、これほど文字通りに徹底され始めている施設があることに、私はただただ愕然としたのでした。



1990年代は「母乳を飲むときのような口や顎の動きができるような哺乳びん」の開発と宣伝が進められ、2000年代になると「哺乳びん・人工乳首さえ使わせない」ことが正しいかのように言われ始めました。


すでに半世紀も哺乳びんと人工乳首が広く使われている中で、明らかな弊害はあるのかないのか、あるとすればどのようなことか。
そんな全体像さえ見えないまま、いろいろな言説がただ飛び交っているだけのように思えてなりません。