産科診療所から 4 <お産が好き>

以前勤務していた3つの総合病院は、常勤産婦人科医が1人か2人の体制でした。
ですから夜間・休日は泊り込む「当直」は組めず、産科医の先生は「宅直」といってお産や産婦人科救急があると電話で呼び出されていました。


時にはお産や救急受診の多い日がありますから、ひとつ仕事が終わって家に戻り玄関に入ったところでまた呼び出されて・・・ということも珍しくなかったと思います。


あるいはもう一人の先生が宅直当番だからと安心していると、緊急帝王切開で呼び出されることもあり、本当に24時間365日、気が抜けない産婦人科の先生の生活を目の当たりにしていました。


なぜこうした宅直という過酷な労働が行われているのか私の立場では詳しいことはよくわからないのですが、当直を組めるだけの人数がいないこと、当直手当になると人件費が増えることももあるでしょうし、医師が睡眠をとれる当直室が病院内に少なくて泊まる場所もなかったといのもあるのでしょうか。


また、婦人科対応の可能な入院施設というのは少ないので、分娩だけでなく、卵巣茎捻転や卵巣出血、子宮外妊娠などを疑う「腹痛を主訴とした妊娠可能な年齢の女性」の救急受診には、救急外来からの呼び出しもありました。


婦人科癌や婦人科疾患で入院治療中の方の容態が変化すれば、夜中でも指示を確認するために電話で起こされます。


まさに人の誕生から死まで、産婦人科という医学的な領域を築きあげてきた半世紀だったのではないかと思い返しています。



<お産が好き>


総合病院では一歩病院を出た後の産科医の先生方の生活までは知りませんでしたが、産科診療所に勤務するようになって、今まで以上に産科医とそのご家族との距離が近いところで働くことになりました。


なぜか、「今日は子どもの誕生日だからお祝いに出かけてくる」といった「今日こそは呼び出されませんように」という日に限って、呼び戻される事態になります。


夜中も休日も、何度も電話で起こされます。
お産は続くときには続きますし、そういう時にはまた複雑な事態も起こります。
少しでも時間がある時に眠らなければ、本当に体を壊すことでしょう。


今の勤務先の先生と一緒に働くようになって10年、先生が仕事から解放されたように見えた日は本当に数えるほどでした。


それ以前に、年間300ほどの分娩と外来患者さんの責任を負っているからには、本当に解放される時はないと言ってもよいと思います。


うまくいけば本当に出産の場は幸せなもので、これは他の診療科にはないものでしょう。
でも、一気に二人の命がなくなる可能性もあります。


そんな怖い仕事で自分の時間なんてほとんどないような生活なのに、なぜこの世の中に産婦人科を選んで働かれる方がいるのだろうと思います。


これまで一緒に働いてきた先生方にも、案外、真正面から「なぜ産婦人科を選んだのか」と尋ねたことはありませんでした。



そばで見ていると、やはり「お産が好き」なのかなと思えます。
助産師の私たちの「お産が好き」とも少し違うのかもしれません。
あまり感情表現の少ない先生なのですが、無事に出産が終われば本当にうれしいのだろうと思います。
「医学的にお産が好き」とでもいうのでしょうか。


「医学的」というとなんだか冷たく響くかもしれませんが、言い換えれば「冷静にお産が好き」とでもいえるかもしれません。
そういう方たちが産科医療を選んでくださるからこそ、今までは安心して産むことができたのだと思います。


そしてこの10年は、そうした本当はお産が好きだけれど社会からの重圧から産科から離れてしまった先生方がたくさんいらっしゃるのだと思います。
そうした、貴重な人材を社会は是非、大事にしてほしいと思います。




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