境界線のあれこれ 27 <世界の看護と日本の看護>

1980年代に東南アジアにある難民キャンプで働いた時に、「看護」というのは世界中で同じではないことを実感しました。


難民キャンプでは現地の看護師も職員として採用されていましたが、彼女たちのプライドと地位の高さに驚きました。


私がインドシナ難民やアフリカの内戦や飢饉のニュースにいてもたっていられなくて自分にできることをなにかしたいと難民キャンプで働くことを決めたように、難民キャンプにいるスタッフというのは同じような思いがある人たちだと思っていました。


ところが現地出身の看護スタッフはキャンプ内の難民の人たちを見下し、あごで使うような態度がよくありました。


難民キャンプでは第三国定住準備のために、私が担当していた予防接種や結核治療プログラムを始め、難民の人たちが医療スタッフと関わる機会がたくさんあります。
というより、それを受けなければ第三国へ出国できないので義務のようなものですが。


私にすれば、そういう機会に難民の人たちひとりひとりの話を聞くことができる貴重な時間でした。
ところが現地スタッフは、何かあるごとに難民の人たちを怒鳴りつけたりするのです。


たとえば決められた治療を受けにこないと怒鳴り、「第三国へ行けない」と脅して治療を受けさせる人もいました。


難民の人たちの出身地を見れば、ベトナムラオスあるいはカンボジアの辺境の地に住む教育を受ける機会もなかった貧困層の人たちが大半でした。
なぜその医療処置が必要なのかどころか、病気のことさえよく知らず、またいきなり先進国に移住して今後の人生を考えていかなければいけないことにも不安があったことでしょう。


なぜ現地スタッフがそういう態度になるのか。
ひとつは、アメリカやヨーロッパの国々へと定住することが決まった難民の人たちへの嫉妬もあったのではないかと思います。


そのうちに、難民キャンプ以外の現地の市中病院を見る機会も増えました。


その国の看護職は、自分の国の人たちにも冷たい態度のように見えました。


<1950年代ごろまで日本の病院はこんな感じだったのか>


その国の病院のレベルも本当にピンからキリまでありました。
日本人をはじめ外国人が受診し入院するような病院は最新の医療が受けられホテルのような設備を持っていましたが、普通の病院あるいは貧困層を対象にした病院はただベッドがあるだけという感じでした。


1950年代の日本の病院が「入院時に煮炊き用の鍋、釜、七輪他、布団一式をリヤカーで運び込む」ものであったことを昨日の記事で紹介しましたが、まさにそんな感じです。


入院すると家族が付き添って、それぞれ食事を準備したり身の回りの世話をしていました。


治療で必要な点滴や薬品あるいは輸液セットや注射器・針などの医療物品は、家族が病院外にある薬局で購入しなければなりませんでした。
お金がなければその治療に必要な医薬品も買えないし、治療が始らないのです。


難民キャンプで出産後に大量の弛緩出血を起こした産婦さんを病院へ搬送するのに付き添ったことがありました。


日本なら、救急外来に到着したらすぐにスタッフがわーっと集まってきて処置が始ります。
特にプレショック状態の産婦さんだったら、準備万端で待っています。
ところが、その国ではまずは点滴と輸液セット、そして留置用の尿管などを近くの薬局で購入しなけばなりませんでした。


物品がそろって初めて看護スタッフが動き出すのです。


あるいは、患者さんや家族が何か頼みたくてナースステーションに行っても、看護スタッフはティータイム中で誰一人対応しないこともしょっちゅうです。
ふんと鼻であしらう姿を見て、「看護」という言葉が指すものはこれほど国によって違うのかと驚きました。



<経済状態によって規定される「看護」の質>


その国の看護教育がなっていないのでしょうか?


それは違うようです。
その国では看護師はすべて大学教育ですから、エリート意識がとても強いのではないかと思います。
実際には高校までの教育年限が日本に比べて少ないので、大学を卒業しても日本の3年過程の看護専門学校を卒業した年齢と同じになります。



国民の9割が貧困層で、特に女子は小学校までいければ良い方という社会で、大学卒の看護師は女性の中では超エリートでしたし、アメリカなどの病院への出稼ぎ先も引く手あまたでした。


彼女たちの名誉のために書くのですが、1990年代ぐらいから日本では東南アジアから看護や介護職の人たち受け入れて働いています。
とても優しくまじめに勤務していることが評価されています。


でも彼女達の祖国での看護を見ていると同じ国の人とは思えないほど、看護の質というのは経済状況に大きく左右されるのではないかと思えるのです。





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