産後のトラブルを考える 17 <4度裂傷への対応方法の変化>

経膣分娩時に会陰におこる裂傷は1度から4度まで分類されているのですが、人間だけでなく馬の出産にも裂傷が起こる事はこちらで書きました。


裂傷4度というのは「裂傷が肛門粘膜ならびに直腸粘膜まで達したもの」で、最も程度の重い裂傷です。


1度から4度までの裂傷の頻度については、産科施設の全国統計自体が存在しないのではないかと思います。
各施設での確率を時に目にするぐらいですが、予防的に会陰切開を実施する割合も各施設によって異なるので、どれくらいの頻度で起こるかというのはよくわからないのかもしれません。


今回の記事で紹介する資料にも統計は掲載されていませんでしたが、ネット上で検索したものの中に頻度が書かれている論文が1件ありました。
一つ目は関東連合産科婦人科学会の2011年の抄録「妊娠分娩合併症2 人工肛門造設に至った会陰裂傷の1件」では「分娩後の第3度、4度の会陰裂傷は経膣分娩の例の約1.4〜6.5%に発症するといわれており」とあります。


4度裂傷だけの統計は、今のところ見つかりません。
どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。


さて、初産婦さんでは2度3度の裂傷も起こりやすいのですが、経産婦さんになると2度以上の裂傷の割合もかなり減少します。


とても感覚的な印象ではありますが、ごく普通の総合病院だと1度・2度裂傷は日常的に起こりますが、3度裂傷は年に数えるぐらい、4度裂傷になると遭遇する助産師・看護師のほうがまれという感じでしょうか。


私も2十数年間分娩に関わってきて、勤務していた病院で4度裂傷が一度発生した記憶がうっすらとある程度です。


おそらく産科医師でも遭遇するのはまれなのかもしれません。
日々ハイリスクに対応している3次レベルの産科施設と、2次・1次では頻度の差が当然あると推測できます。
また助産師の分娩介助の熟練度も関係していると思われるので、どのレベルの助産師が多い施設かという点でも差がでるかもしれません。


4度裂傷の場合には縫合技術の難易度もあがりますが、術後の管理も3度裂傷とは異なります。
1990年代からどのような術後管理が行われていたか、その考え方の変遷はどうかなど、手持ちの周産期医学関連の文献からピックアップしてみょうと思います。
(所有している文献に限りがあるので、紹介した考え方や方法が全てというわけではありません)


<1996年「周産期医学」より>


1996年の「周産期医学」(東京医学社)、「会陰裂傷」(p.238〜)の「治療」に以下のような記述があります。

直腸の前壁が断裂している場合は、吸収糸(2-0以下)を用いて結紮縫合し、筋層、粘膜下組織、会陰表層の順で縫合を完了する。コントロールリリース縫合糸を使用すると便利である。
術後は抗生物質を使用、下痢にならない工夫も必要。縫合病院での、第4度の重篤な会陰裂傷の症例の対応は、できれば外科医(消化器)のコンサルタントを受けることが心強い。

私のうっすらとした記憶もこの頃で、創部の回復のために一旦排便を止めることがよいとされていたと記憶にあります。たしか、鎮痛効果と副作用として便秘傾向になるモルヒネ剤の内服だったように思います。


<2001年「周産期医学」より>


同じく東京医学社の「周産期医学」2001年版では、第3・4度裂傷の管理について以下のように書かれています。

第3度会陰裂傷の場合には緩下剤などを用いて、便を柔らかくして肛門括約筋に負担がかからないようにするが、第4度会陰裂傷の場合は術後3〜4日は感染予防のため排便を抑える。


<2003年「産科と婦人科」より>


「産科と婦人科2003年増刊号」(診断と治療社)の「会陰・膣壁裂傷縫合術、会陰・膣血腫処置」(p.71〜)で4度裂傷の術後管理について以下のように書かれています。

術後は、感染予防のため、抗菌剤の静脈内投与、抗菌剤の経口投与、3〜5日間程度低残渣食を投与する。一般的にはアヘンチンキなどで排便を抑制し、1週間後から緩下剤を使用する場合が多いが、術直後から緩下剤によって排便を促進させてもよい。ただし、浣腸ならびに座薬の使用は控えるべきである。

低残渣食(ていざんさしょく)とは、消化しにくい食物繊維などを抑えた治療食です。


<2005年「産科 周術期管理のすべて」より>


「産科 周術期管理のすべて」(MEDICAL VIEW社)では術後管理について以下のように書かれています。

第3度、第4度裂傷では、創部感染予防のため術後十分な抗生物質の点滴投与を必要とする。また、緩下剤を服用させ、浣腸、座薬の使用はさける。排便に関しては、無理には止めず、便秘にならないように注意し、排便後局所消毒を行う。

この文献では3度裂傷でも「抗生物質の点滴投与」を勧めていますが、他の文献では必ずしもではなさそうです。



<2006年「周産期医学必修知識」より>


2006年に出版された「周産期必修知識 第6版」(東京医学社)では、4度裂傷の縫合方法につての記述はありますが、術後管理についての記載はありませんでした。


<2011年「周産期医学必修知識」より>


「周産期医学必修知識 第7版」では、裂傷の「術後処置」(p.310)として以下のように書かれています。

術後は第1〜3度裂傷であれば必要に応じて抗菌薬内服で通常の経過観察で良い。第4度裂傷では低残渣食とし抗菌薬を点滴投与する。排便を止めるか否かは両論ある。当科(*)では排便を一時止めた後の硬い便の排出困難を考慮し、排便は柔らかすぎず、硬すぎないように術直後から緩下剤を処方している。
*総合母子保健センター愛育病院産婦人科


以上が、現在私の手元で確認できる第4度裂傷の術後管理方法です。


<周産期看護では標準的ケアが書かれた文献がほとんどない>


残念ながら、周産期看護に関する文献で会陰裂傷縫合後のケアについて詳しく書かれた文献は、「助産師必携 会陰保護技術」(メデイカ出版、2005年)しか手元の資料ではみつかりませんでした。1980年代終わり頃に使用した助産師学校の教科書にも書かれていませんでした。


ただし「会陰縫合術後の外陰部と全身のケア」(p.80〜87)として書かれた部分も、主に第2度裂傷までの裂傷とその痛みや授乳への対応に関した内容で、3度・4度裂傷の術後管理に関してではありませんでした。


ほとんどの産科施設ではまれにしか遭遇しない第4度裂傷だからこそ、その時に標準的な治療方針に合わせた標準的な看護ケアがなされる必要があるのですが、そうした情報にさえ手に入らずその場しのぎの看護ケアになってしまっているのかもしれません。


そしてその経験や反省も他の施設に生かすことができないまま埋もれてしまっているのだと思います。





「産後のトラブルを考える」まとめはこちら