助産師の歴史 5 <会陰裂傷縫合術についての「既成事実づくり」>

この「助産の歴史」も6年ぶりの記事更新です。
歴史といっても学問的に検証された話ではなく、私が助産師として働いて来た30年はどういう時代だったのかを思い出しながら、記録しておいたほうがよさそうな動きを書いています。


なんといっても「江戸時代には産婆が産科手術をしていた」「産婆は大名行列を横切ることができた」とか「GHQは産婆のことを理解していなかった」といった歴史話が跋扈している助産師の世界なので、その時々の動きを見失わないようにするのも大変ですね。


さて、こちらの記事に書いたように、「助産所開業マニュアル」に「会陰裂傷(切開)縫合術」の方法が詳細に書かれていたことに驚き、この問題を考える必要があると思って購入したのが2014年でした。
当時は、まさか本当に助産所で縫合術が行われるようになるとは思っていなかったので、しばらくこの開業マニュアルの件を忘れていました。


楽観視しすぎでしたね、助産師の世界の政治力を。



<10年ほどの「会陰裂傷縫合術」に対する動き>


1980年代終わり頃に助産師学生として助産院実習に行きました。「自然なお産」「正常なお産は助産師の手で」という雰囲気が盛り上がって来た頃でしたので、私もこんなところで働きたいと思いました。


でも、助産所に対してはなんとなくいろいろな不安はあって、もし裂傷ができたらどうするのだろう、誰が縫合するのだろうと疑問に対して、実習先の助産所では「助産師には医療行為が許されていないからこれで留める」とクレンメを見せてくれました。


卒業してからは産科医と共に分娩介助していても怖いことが起きるので、「こんな時助産所ならどうするのだろう」といつも心の奥で疑問に思っているうちに、琴子ちゃんのお母さんの「助産院は安全?」というブログに出会ったのが2007年でした。


「会陰裂傷1度ならクレンメで、2度以上で縫合が必要なら医師に依頼する」
それが助産師に許された医療行為の限度だと学生時代に教わったことが、実際には水面下で既成事実作りが行われていることに気付くようになったのも、「助産院は安全?」でさまざまな情報を知ることができたおかげでした。


そしてその水面下の既成事実づくりが、書籍になったのが2010年でした。
助産院は安全?」で私のコメント「会陰縫合術についての意見」を取り上げてくださっています。


どうやら風向きが変化してきたのは、2007年の「医療現場の規制緩和策の原案」あたりのようでした。
それまでも「3分の1の助産所では、保健師助産師看護師法の臨時応急の手当てを遥かに逸脱している縫合が行われている」、つまり違法と見なされていた縫合が行われていた事実には驚きですが、2007年あたりを境に、助産師学生や助産師向けの「縫合の研修」が実施されるようになってききます。


こちらの記事に紹介したように「助産師教育ニュースレター」のなかで、「助産学生は既成事実として理論・演習を行い習得していかなければいけない」(No.65、2009年8月)と、法律や通達の変更のないまま、学生に会陰裂傷縫合術が組み込まれて行きました。


病院や産科診療所で働く助産師には必要性もない話が、助産師の業務として取り込まれていくことに怖さを感じたのですが、「助産院は安全?」の以下の記事とコメント欄で当時の雰囲気が伝わるのではないかと思います。

「会陰縫合術についての意見」から考えるー1」
「会陰縫合術についての意見」から考えるー2【リプロダクテイブヘルス】
切開もだそうで
1994年当時の話からー会陰切開、助産医について
"いいお産"とは何か?ー4「実践報告」が真実ならば...
腑に落ちないことだらけ
「助産師の会陰縫合術」について、厚労省に聞きました
縫合の問題関連
可否は明確にされていたのでは?
助産師に会陰縫合は必要なのか?
助産師の会陰切開、縫合について
「助産院で縫合」の体験談が...
緊急時なら許されているらしい、助産師による縫合


2011年には要望書を出し、2013年になると「助産師の業務拡大」として「医師との緊密な連携が取られる状況下では裂傷2度までで母子が安定していれば『助産師が会陰裂傷を縫合できるものと思われた』」という報告書まで出したようです。


そして冒頭の2013年に出版された「助産所開業マニュアル」(日本助産師会出版)では、「開業助産師として身につけておかなければならない救急処置」(p.91)として、「会陰切開術」「会陰裂傷(切開)縫合術」と書かれています。


その「会陰裂傷縫合術」では、助産師単独で局所麻酔剤も使用できるように書かれていてさらにびっくりです。

縫合時の麻酔
 嘱託医師と協議の上、必要であれば準備しておく。会陰裂傷の局所麻酔でショックが起きることは少ないが、異常時には速やかに対応できるような準備も必要である。

いやはや、助産師の世界の正常と異常ってなんだろう?


そして、正式な手続きもなく幻の「助産師法案」がジワジワと現実に広がっているこの怖さはなんだろう。
「幻の『助産師法案』」って、昭和初期の話なんですけれど。




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