乳児用ミルクのあれこれ 24 <粉ミルクは栄養失調を増やしたのか>

1970年代以降、どのような理由で途上国で粉ミルクを使うことが問題とされてきたのでしょうか?


wikipediaネスレ・ボイコットに、途上国での粉ミルクの「問題」が以下のようにまとめられています。

●人工ミルクの使用により、本来母乳が十分に出る母親の母乳分泌が不活発になる(乳児が乳首を吸う刺激により母乳は作られるため)
●人工ミルクを購入し続ける経済力に乏しい家庭において母乳不足が生じることで、ミルクを過度に薄めて与える状況が発生し、乳児の深刻な栄養不足がおこる
●衛生状態の悪い環境、不潔な水によって作られた人工ミルクにより乳児の病気が多発する


特に2番目、3番目は、途上国で粉ミルクを使用することの弊害として必ず耳にしますし、「問題」の外にいる側にはとても説得力があると思います。
途上国の母子保健に関心のあった私自身も、1980年代にはこれを信じていました。


実際にはどうだったのでしょうか?



<「常時離乳している」>


日本の場合、最近では2007(平成19)年に厚労省から出された「授乳・離乳の支援ガイド」に基づいて、「離乳の開始は生後5〜6ヶ月が適当である」という考え方が浸透してきていました。


ですから現在は、生後半年ぐらいまでの乳児の栄養といえば「母乳」「母乳とミルクの混合」「ミルク」の3つに分類されます。


ところが、わずか10年ほど前の日本でも「2〜3ヶ月になったら果汁を与える」という指導がされていましたし、「授乳・離乳の支援ガイド」の中では1985(昭和60)年の離乳食開始時期が、「3ヶ月10.8%」「4ヶ月34.9%」と早い時期であったことが示されています(p.35)。驚くことに、3ヶ月未満から離乳を始めていた人も1.3%もいます。



つまり、ダナ・ラファエル氏がいう常時離乳している状況、つまり母乳・ミルク以外の混合食が日本でもごく最近まで行われていたということです。


<「粉ミルクは栄養失調をおこした」は本当か?>


スーザン・ジョージ氏の「なぜ世界の半分が飢えるのか」の中で、彼女はニュー・インターナショナリスト紙で医師が語った途上国で粉ミルクが広がることの問題を以下のように書いています。

彼女たち(*アフリカの母親)は、広告によって、ネッスル製品を買うことが赤ん坊を大きくすることだと信じ込まされ、粉ミルクを買ってしまう。そして水を煮沸もせず、びんの消毒もしないでミルクを溶く。
(*引用者による補足)


粉ミルクへの批判は「高価な粉ミルクを薄めて使うこと」「不衛生な水での調乳や哺乳ビンからの感染」がいつもあげられます。


「混合食」の経験が過去になりつつある社会では、粉ミルクは母乳にとって変えられたと理解されてしまいやすいのではないでしょうか?
主な栄養分であるはずの母乳を、薄めた不衛生なミルクに変えてしまった、「無知で無力な途上国の母親」のイメージとともに。


ところが実際には、母乳はそのまま同じように与えられていると、ダナ・ラファエル氏らのフィールド調査やWHO/UNICEFの研究でも出ています。


つまり「混合食の部分」がミルクに置き換わったということです。
セント・キッツ島での混合食のように、早いと1ヶ月過ぎからとうもろこしや薬草茶が与えられていた地域では、たとえ薄められたミルクであってもそれまで混合食にあてられていた他の食品に比べれば乳児にとってはバランスのとれた栄養価の高い食品になることでしょう。


広告を信じ込まされたわけでもなく、高価な粉ミルクを購入できるお金の余裕があるときには買って、赤ちゃんのちょっと贅沢な「混合食」として使われた。
本当はそんなところではないでしょうか。





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