乳児用ミルクのあれこれ 16 <UNICEFの母乳推進運動の矛盾 その1>

1980年代半ばに私が働いていたインドシナ難民キャンプでは、母子保健プログラムの一環として、週に2回ほど妊婦さんや授乳中の女性に対しての食糧配給がありました。


広場に集まった対象の女性に栄養や衛生についてのレクチャーがあり、そのあとにひとりひとりに豆や野菜などを手渡していきます。
授乳中の女性には、粉ミルクも渡されました。


1979年にWHO/UNICEFを中心に「母乳代用品のマーケティングに関する国際基準」の作成が合意され、乳幼児食品行動ネットワーク(IBFAN、イブファン)という人工栄養の販売などを監視するNPOが作られた後も、難民キャンプや途上国の母子保健の「現場」では粉ミルクは援助物資として優先度が高いものでした。


こちらの記事に書いたように、しだいにこうした援助物資も監視される対象になりました。
「災害時における乳幼児の栄養 災害救援スタッフと管理者の手引き」に「母乳代用品、哺乳びん、人工乳首の寄付はどんなに善意であっても誤った援助です」(p.5)と書かれるまでになりました。
この手引きは2007年版ですが、初版は2001年に出されたようです。


こうして開発途上国の長期的な母子保健プログラムだけでなく、災害時などの緊急支援でも「完全母乳推進」が進められていきます。


その様子は、ユニセフから出されている資料類で読むことができます。


<「母乳育児で簡単に幼い命を救えます」>


日本ユニセフ協会ユニセフ本部とは別組織)のライブラリーを見ると、世界各国からのレポートでいかに母乳が優れているか、ミルクを援助するのがよくないかということが強調されています。


2006年8月のニューヨーク発のプレスリリースでは「世界母乳育児週間スタート 母乳育児で簡単に幼い命を救えます」として以下のように書かれています。

2006年8月1日、世界母乳育児習慣(8月1日から7日)初日、ユニセフ(国連児童基金)は、開発途上国で母乳だけで育てられた子どもは、人工乳や混合乳で育てられた子どもよりも、1歳まで生き延びる確率が約3倍も高いことを発表しました。

「母乳育児で簡単に幼い命を救えます」
私には、大本営発表のようにしか聞こえないのです。


<25%の世帯が食糧確保が難しい、それでもなお・・・>


2009年3月29日 ダッカ発のプレスリリースでは、「バングラディッシュ:子どもの栄養不良と家庭の食糧確保が最優先課題」として以下のように書かれています。

25%の世帯で食糧確保が不安定、200万人の子どもが栄養不良

世帯の食糧確保が不安定になれば、栄養不良児の率が高くなるのである。

バングラディッシュの子どもの栄養不良の状況は、静かな緊急事態である。栄養不良は子どもの死亡の直接原因であるばかりでなく、きわめて重大な潜在的要因である。子どもの発育を葉またげ、妊娠/出産時の女性の死亡リスクや新生児死亡率にもかかわる問題だ。

生後6ヶ月〜2才児の約半数は、最低必要な回数の食事を与えられておらず、3分の2は最低限必要とされる食品の種類(1日に少なくとも4食品群)を摂取していなかった。こうしたことからも、2歳までの子どもたちの急性栄養不良率が高いのは当然である。

このように適切な食事を与えられない貧困状態では、当然、その親もまた食糧不足による栄養失調の可能性があるのは容易に想像できることです。


たとえば、ユニセフ「世界子供白書 2013年」の25ページには次のように書かれています。

 母親の栄養不良は、本来予防することができる幼児期のさまざまな疾病を招く要因となり得る。低中所得国の妊婦のおよそ42%が貧血症であり、これらの妊婦2人にひとり以上は鉄欠乏性貧血を患っている。
(中略)
授乳中の母親の栄養不良も乳幼児の健康不良の原因となり、障害の原因となる疾病にかかるリスクを高める


食糧を十分に確保できないような家庭でも、「母乳で簡単に幼い命を救えます」と言えるだけの奇跡が起きるのでしょうか。


こういう一文を目にしたときに、私はやはりあの頑丈なカプセルによって我と彼の地は隔てられていることを感じてしまうのです。




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