事実とは何か 28 <「正義感」と「真実」のゆくえ>

「汚れたミルク/あるセールスマンの告発」という映画を観てきました。
公式サイトには、「ダニス・タノヴィッチ監督幻の話題作、世界初 子どもたちを守るため、男は世界最大企業を敵にまわした」とありました。


乳児用ミルクや母乳推進運動について、ずっと関心を持ち続けて来たので、もしまだ私が知らない「粉ミルクの弊害」があるのであれば事実を受け止めようと思いました。


巨大グローバル企業が販売する「世界最高の粉ミルク」その裏側で奪われる小さき命ー


1997年、ある大手グローバル企業が、パキスタンで粉ミルクを強引に販売したことによって、不衛生な水で溶かした粉ミルクを飲んだ乳幼児が死亡する事件が発生した。セールスマンのアヤンの前に立ちはだかる、途方もなく巨大な権力の壁。しかし、男は人生の全てを投げうって立ち向かう。子どもたちを守るため、そして愛する家族のためにー。これはパキスタンで実際に起こった事件を基に描かれる、隠された真実の物語。映画は善良なセールスマンの無謀とも言える奮闘を、真正面から力強く描きあげた。男の勇気ある行動は、信念を貫くということ、何物にも代え難い命の尊さを教えてくれる。世界で議論を巻き起こした幻の問題作が、ついに滿を持して世界初公開となる。


ということは、日本でしかまだ公開されていない映画のようです。
どのような経緯で、この映画を日本で公開しようとする動きができたのだろう。



そしてこの映画は果たしてノンフィクションなのか、フィクションなのか、そちらのほうが気になりました。



<なぜ、1997年なのか>



1997年といえば、ネスレボイコットが起こってからちょうど20年の年月がたっています。
そして途上国の実態もきちんと調査されないまま調整乳反対キャンペーンと母乳推進運動が支持され、1981年のWHOの決議採択が採択からも十数年がたっています。


「栄養失調児の親もまた栄養失調」の中で紹介したように、WHO/UNICEFが途上国での母乳推進運動を展開していきました。
ところが、その記事で紹介したように、2000年代前半に出されたユニセフの資料では「完全母乳育児が40%以上の国はインド、パキスタン、中国、スーダン、ペルー、ボリビアなどのきなみ乳児死亡率が高い国」という矛盾が起きていきます。


さて、映画の中でもやもやした場面は、主人公のセールスマンのアヤンが小児科医から「君たちが売っているミルクのせいで、5人も死んでいる」「母乳だけで育てている親からは元気に育っている」と言われた場面があったことでした。


素朴な疑問。
パキスタンではそれまで乳児用ミルクは売られていなくて、その「巨大多国籍企業」の粉ミルクが初めて広がり、初めて「不衛生な調乳によってミルクによる死者」を出したのでしょうか?
パキスタンのことはよく知らないのですが、1990年代にはすでにパキスタンでも、いくつもの会社の粉ミルクが販売されていたと考えるのが常識的だと思います。


もし製品そのものの問題ではなく、「不衛生な水で調乳したことで乳児死亡が起きた」のであれば、「衛生的な水で調乳すること」を広げることだけが最優先の解決方法ですし、「巨大多国籍企業」1社の問題ではないはずです。


ところが、話は「巨大多国籍企業」の販売方法と収賄へと論点がずれていきます。



ああ、おしいなあ。
その主人公が、もし自分が売ったミルクで乳児が死亡したことに罪悪感を感じたのであれば、もっと別の行動もとれたのではないかと思います。
もし「不衛生な水での調乳」が原因であれば、その解決のために何か別の方法があったことでしょう。


<ドキュメンタリー風のフィクションでありプロパガンダ映画>


映画では、ガリガリにやせた乳児が点滴を受けている場面が何度が映し出されます。
この映画は最初から編集会議風の場面から始まり、ドキュメンタリー映画のような印象を受けます。
そして映画の中では1カ所はっきりとネスレという社名がでて、そのあとあえて架空の会社名に置きかえるという「編集」がされています。


ところが、エンドロールには「映画中の乳児の映像は1989年のもの」であると書かれていました。
2009年頃にこの映画の構想ができて、2013年に作成されたようです。
そして「Baby Milk Action (UK)」というNGOの名前がありました。


帰宅してそのNGOを検索してみると、「Our mission」に「Baby Milk Action is not anti-baby milk. Our work protects all mothers and infants from irresponsible marketing.」とあり、活動内容に「Next Nestle demonstration」が掲げられています。



2006年ごろには、母乳育児推進運動はさらに過熱して母乳育児で簡単に幼い命を救えますとまで断言する時代に入っていましたから、この映画は2000年代半ばに、「母乳代替用品のマーケティングを監視する」団体のプロパガンダ映画として作られたのかもしれないと想像したのでした。



もう少し続きます。



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