完全母乳という言葉を問い直す 42 WHO/UNICEFのプレスリリースの10年ひとむかし

9年前にこのブログを始めた頃は、お産に対するファンタジーとムーブメントが終焉し始めていた印象でした。これは日本だけでなく、1970年代ごろから世界中で、「出産の医療化」という人類が初めて医療の充実を経験し驚異的に変化する時代の葛藤としてはしかたがないことだったのかもしれないと思い出しています。

 

医療によって助かる命が増えた分、出産での母子の危険や死を実感することが少なくなり、「機械や白衣を着た人に囲まれた出産」「非人間的なお産」という受け止め方をする人が出てきたのが1970年代だったのかもしれません。

 

 同じ頃、もう一つの流れがありました。母乳育児推進運動です。

1980年代半ばに東南アジアとアフリカで医療活動に参加した時に、調製粉乳反対キャンペーンを知りました。日本ではキリスト教系の社会運動をしている人たちなどごく一部の人にしかまだ知られていませんでしたし、実際に開発途上国で活動する救援団体は皆、粉ミルクを必要としていましたからあまりその時には気にしていませんでした。

 

1990年代に入る頃母子同室が少しずつ広がり始めました。赤ちゃんといたい時にいつでもいられるよいシステムになったと思っていたのですが、まさかその背景に調製粉乳反対キャンペーンがあり、しかもWHO/UNICEFが関わっているとはと驚きました。80年代にはWHOやWFP(国連世界食糧計画)の後押しで、開発途上国や難民キャンプに粉ミルクを援助していたのですから。

何が起きたのかよくわかりませんでした。

 

2000年代に入る頃には、ネットで検索できる時代になり、BFH(赤ちゃんにやさしい病院)やカンガルーケアといったWHO/UNICEFが後押ししてきた母乳育児推進運動の流れが少しずつ見えてきました。

 

そして1980年代に、急に粉ミルクに対して風当たりが強くなった理由は、1981年のWHOの決議にあることもわかりました。

それで時々、ユニセフ協会のプレスリリースを読んでいたのですが、一家そろって食べるものもない状況で「母乳育児で簡単に命を救えます」とか、清潔な水や消毒ができない地域でも飲ませられる製品ができてもなお、非常時にさえ母乳を推進する、というよりミルクを認めさせない運動といった、その内容のつじつまの合わなさに混乱しました。

 

 

*相変わらずつじつまが合わないプレスリリース*

 

しばらく読んでいなかったのですが、また読み直して見ました。

 

「世界母乳週間」という1990年からWHO/UNICEFがはじめた運動があります。

2020年は、「熟練したカウンセリングへのアクセス促進」が目標のようですが、以下のようなことが書かれていました。

世界母乳育児週間2020のテーマは、「より健康な地球のために母乳育児をサポートしよう」です。このテーマに沿って、ユニセフとWHOは、母乳育児支援の重要な要素である、熟練した育児カウンセリングへのアクセスを守り、促進するよう各国政府に呼びかけています。

 「より健康な地球のために母乳育児をサポートしよう」

意味がわかりませんね。

 

 

2012年の方が、何をしたかったのかよほど明確でした。

母乳育児がさらに効果的に促進され、母親が(乳児用ミルクなどの)母乳代替品の強引なマーケティングから守られる環境が整えば、より多くの子どもの命を守り、成長を促進し、成長を促進し、病気の罹患率や栄養不良、発達障害のさらなる低下も見られるようになるはずです。

 

2016年は、「母乳育児が乳児と母親の命を守る」として、こんなことが書かれています。

人生最高のスタートを

母乳には乳児が生後6ヶ月の間に必要とする全ての栄養素が含まれていて、この期間は母乳以外の食べ物や水分は必要ないからです。

母乳育児で育った子どもたちはそうでない子どもたちよりも一般的に身体的および認知的発達が高いとされるため、将来の学校生活やコミュニティの参加に向けてよい準備ができるということも言われています。

 

2018年は「母乳で育てられていない赤ちゃん760万人、家庭の貧富の差が母乳育児期間にも影響」とあるとしつつ、以下のように書かれています。

母乳育児は、母親が裕福でも貧しくても、子どもと自分自身に与えることのできる最高のプレゼントです。 

貧しい国の裕福な母親は母乳育児をしない傾向にあり、逆説的ではありますが、豊かな国では貧しい母親が母乳育児をしない傾向にあることがわかっています。

「母乳育児の推進を」

そして「ユニセフは、世界の新生児に代わって」赤ちゃんに優しい病院と母乳育児成功のための10か条を強く求めるとありました。

新生児は何を求めているのでしょう。

 

 

やはり母乳育児という言葉を使う時には注意が必要そうですね。

 

*現実的なプレスリリースもある*

 

10年前に比べてもさらに現実感を感じなくなったプレスリリースですが、「アジア・太平洋地域  食生活と栄養に深刻な格差」(2021年1月20日)には現実的な内容もあります。

「母子の食事を改善するにはシステム強化が必要」

 

健康的な食生活を構成するものは何か、また、家庭、学校、コミュニティでどのように衛生的な環境を整えたらよいかといった教育は、女子教育や良い水と衛生習慣の基盤となるインフラへの投資とともに、非常に重要です。そのために、すべての人に栄養価が高く、安全で、手頃な価格で、持続可能な食事を提供するためには、食料、水と衛生、保健、社会保護、教育システムのパートナーと連携して環境を整えなければなりません。

 

 

たぶんですけれど、WHOとか国際機関の内部もさまざまな温度差や政治の葛藤があるのでしょうね。

いずれにしてもコアな運動になりつつある母乳育児運動は、現実的でない解決策の表現しかできなくなっているのだろうなという印象です。

 

1970年代にダナ・ラファエル氏らが人類にとって、母乳哺育というのは母乳だけを与えていたわけではないという至極本質的なことにいきついたのですが、本質的なことは見過ごされ、何十年もかかってまたたどり着くのかもしれません。

 

 

 

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