母乳育児という言葉を問い直す 13 <妊娠中の授乳>

少し間があきましたが、こちらの記事で「母乳育児」という言葉の広がりやその推進運動により、それまでは「根拠は明らかではなかったが止めた方がよい」と思われていたことがいくつか見直されるきっかになったことをいくつか書きました。


「妊娠と授乳の継続」もそのひとつではないかと思います。
はっきりとは覚えていないのですが、2000年代に入って「授乳中に妊娠しても授乳を止める必要はない」という考え方を知りました。


20009年に出版された「周産期相談318 お母さんへの回答マニュアル」(東京医学社)では、以下のように説明されています。

(前略)
2)授乳の乳頭刺激により下垂体後葉からのオキシトシン(OXT)の分泌が亢進し、このオキシトシンによる子宮収縮作用で流・早産が起こりうるが、妊娠初期・中期は子宮のオキシトシン感受性は低い。
3)流・早産歴のない妊婦の妊娠中に授乳を行っても当該妊婦には影響を与えないとする報告も見られるが、断乳するか否かについてはリスクを話した上で、患者と決定していくことが望ましい。
 (p.343)


乳頭への刺激が子宮収縮を起こすことから、以前は妊娠したら断乳を勧めていたのですが、最近では実際に妊娠中にも上の子がおっぱいを吸っていましたという方もぼちぼちと増えてきた印象です。


<この変化についての背景>



医学的な判断については私はわからないのですが、オキシトシンが妊娠初期の子宮に影響を与えないということが明確になったわけではなく、「(オキシトシンの)子宮収縮作用により流・早産が促される可能性が考えられるが、最近ではむしろ否定的な報告が多い」という段階であるということのようです。


「妊娠中にも授乳できる」方向へ社会が変化した背景として、妊娠しても上の子の授乳を続けたいと思われるお母さん達がどれくらいいらっしゃるのか、またその理由は何なのかという全体像を知りたいのですが、私が探す範囲では見つけられませんでした。
どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけると助かります。


ただ、上記の「周産期相談318 お母さんへの回答マニュアル」では、解説として以下のように書かれていました。

3)1990年にだされたイノチェンテイ宣言には「すべての女性は母乳のみを実行することが可能となり、4〜6ヶ月の母児は母乳のみで育てられるべきである」と述べられている。また、ラ・レーチェ・リーグの"The Womanly Art of Breastfeeding"では、妊娠中の授乳を積極的に勧めているように、妊娠中でも母乳哺育は不可能ではない。しかし、我が国では1歳を過ぎると医療者から断乳を勧められることがしばしばある。長期授乳を避ける理由には、1.むし歯になりやすい、2.甘えっ子になる、3.母親の月経再開が遅くなり次の妊娠が遅くなる、4.妊娠した場合に流産しやすい、5.母親が子どもから離れなくなり社会復帰が遅くなる、6.無月経が卵巣機能に悪影響を与える、7.骨粗鬆症が悪化する、などが考えられる。
流産は一般的に妊娠の10〜15%に起こり、その原因は多岐にわたるが、おもに染色体異常のような先天的なものが大部分を占めているといわれているものの、The Breast feeding answer bookに述べられている、1.出血や子宮に痛みのある場合、2.早産の既往がある場合、には授乳の中止を考慮しなければならない。


なんだか読んでもすっきりしないのは、おそらくこの解説を書かれた方も医学と育児との狭間で苦慮されているからかもしれません。


医学的には、妊娠中に積極的に授乳を継続することを推奨するような、母児(胎児)のメリットがあるわけではないのだろうと思います。


妊娠中に授乳を継続したいと思う方はどのような場合かというと、産後数か月以内ぐらいの授乳期間中に早めに次の妊娠をした方と、1〜2歳以上の上の子が自然におっぱいをやめる「卒乳」を待ちたいと考える方なのだろうと思います。


いずれもお母さんの気持ちの部分だといえそうです。


ですから、育児や女性自身の人生に関する価値観の部分での説得はさけて、現在わかっていることを伝えてお母さん自身に選択してもらうのが一番よいのではないかと思います。