記憶についてのあれこれ 51 <生野菜を安全に食べられるようになった時代>

日勤に出勤する前は5時頃からNHKをつけっぱなしにしていますが、先週か先々週にあのベジブロスをまた話題にしているコーナーがあって驚きました。


しかも同じ内容を同じ週に2回、放送されていました。
ただ、2回目はさらにジャーサラダまで「便利ですね」「おいしそう」とアナウンサーが紹介していてびっくり。


ここ1〜2ヶ月ぐらいのあいだでこのジャーサラダの本や容器を店頭で見かけることが増えましたが、前日作ったサラダや浅漬けでも食中毒になる可能性があるのに、本当に大丈夫だろうかとまず心配になりました。


<野菜と寄生虫


野菜と感染症といえば、私が小さい頃は生野菜から寄生虫に感染することでした。


私が小学生だった1960年代は、今思えば「生野菜は危ない」からサラダが食卓に広がった時代でした。


小学校では定期的にギョウ虫検査がありましたが、クラスに2〜3人は陽性になる人がいました。
それでも、東京都食品衛生指導センターの「くらしの衛生」(2001年)を読むと、寄生虫が急速に駆除されていった時代であったことがわかります。

寄生虫の衰退>


昭和20年代には、回虫・鞭虫・鉤虫などの寄生虫の保卵率は、全国民の70〜80%もありました。このため寄生虫は、結核などの感染症と並んで「国民病」と呼ばれていました。しかし、昭和40年以降、検便による陽性率は10%以下となり、昭和50年には寄生虫の感染率は1%以下に激減しました。これは生野菜を介して感染していた寄生虫症が減ったことによります。その要因として、化学肥料の普及によって人糞肥料が使われなくなったこと、下水道の普及と衛生環境の整備が進んだことに加え、寄生虫予防法に基づく集団検便や集団駆虫の普及など、公衆衛生が大きく改善された結果と考えられます。


クラス全員に赤いセロハンの袋に入った駆虫薬が配られて、飲んだ記憶があります。


日本で売っている野菜を日本の安全な水道水で普通に洗浄して調理すれば、野菜からの感染症を気にしなくてよくなったのは70年代から80年代でした。


私の両親世代(大正から昭和初期生まれ)は「生野菜を生で食べるのは危険」という感覚がしみついているようで、積極的には生野菜のサラダは食べませんでした。
そういう世代がまだ身近にいたので、1980年代に東南アジアで暮らす時にも現地では生野菜は食べないようにというのは当たり前の感覚として役に立ちました。


<新たな生野菜からの食中毒>


「生野菜から食中毒?」と驚かされたのが、1990年代初めにO-157の感染によって死亡者が出た時にカイワレ大根も原因の一つにあげられたときでした。



しかも大腸菌に0-157という種類があり重症化すれば溶血性尿毒素症候群(HUC)を起こすということは、当時、医療従事者でさえ初めて知って戦慄した人が大半だったのではないかと思います。
その10年前の1980年代初頭であれば都内でさえも人工透析や集中治療室(ICU)がある病院はごくわずかでしたので、10年前にこのO-157の感染が拡大していたらどれだけの人が亡くなっていたのだろうと思った記憶があります。


その後もヨーロッパやアメリカなど、野菜や果物からのO-157の感染がたびたび報道されました。


日本でも調理の過程で洗浄が十分でなかったり管理が不適切で、浅漬けや冷やしキュウリでの食中毒は記憶に新しいものです。


大腸菌を初めとして野菜や果物には感染症のリスクがいつでもあるのだと、私が認識したのは1990年代でした。


ところが、この頃から無農薬を良いと考える人や自分で野菜作りを始める人が増え始めました。


知人も畑を借り、自分で堆肥を作って「無農薬」で野菜を作り始めましたが、収穫した野菜でサラダや料理を作って時々招待してくれました。
内心は寄生虫への不安があったので、できるだけ生野菜には手をつけないでいただきました。


上で紹介した「くらしの衛生」に「古典的な寄生虫症復活の背景」(p.3)を読むと、あの時に慎重に生野菜を辞退しておいて正解だったと思います。


<「失敗」を活かしてさらに安全な食品管理の時代へ>


2000年代に入ると、また「こんなことも起こるのか」とまた認識を新たにさせられたのが、リステリア菌でした。


あらたな感染症が報告されたり話題になると、「私がその患者さんに遭遇したらどうするのだろう」と考えるわけですが、まず救命できなかった時の光景が目に浮かび恐怖感がわき上がってきます。
あるいは「まだわかっていない感染症に遭遇したら・・・」と。
ひとつの症例報告には、その疾患に遭遇した患者さんやご家族、そして医療スタッフの痛恨の思いがあるからです。



「野菜・果物による食中毒について その2」の記事にこんなことが書かれています。

わが国では、農産物について微生物のほか異物・化学物質など全ての危害に関して、栽培から収穫、洗浄、保管、出荷・輸送に至る各段階の管理法については適性農業規範(Good Agiricultural Practice,GAP)、処理、食品製造工場などでは適性製造規範(Good Manufacuturing Practice, GHP)、スーパーマーケットや小売り商店などの流通形態や消費者では適正な衛生規範(Good Hygienic Practice,GHP)などによって食材、食品の品質保証や衛生的な取り扱いと管理を行う方法が示され、遵守するようになっています。


そして「これまでに報道されている食中毒で原因となった微生物とその野菜、果物」の表にまとめられるまでに、どれだけの現場の無念さがあっり、こうした再発防止策につながっていったのだろうと思います。


ジャーサラダを見て「便利そう」と「大丈夫か」と感じる境界線は、過去の人類の失敗にどれだけ関心を持てるかどうかあたりなのかもしれません。





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