行間を読む 37 <1970年代から80年代の保育の教科書よりー乳児保育のあけぼのの時代>

新生児や乳児の授乳方法について、明治以降からすでに「規則授乳」が広がっていたことや1950〜70年代に「自律授乳」が見直されていたことはこちらこちらで紹介しました。


なぜ私は「1960年代に医療機関で出産が行われるようになってから、規則授乳や母子別室という考え方が導入された」と誤って認識していたのだろうと気になり、1970年代頃の新生児について書かれた教科書をさがしてみました。


看護学生むけではなく、保育士(当時は保母)養成過程で使われていた「乳児保育」(二木武・松島富之助・金子保氏、同文書院、昭和51年)が手に入りました。
同じ二木(ふたき)武氏によって書かれたものです。


1976(昭和51)年に初版が出され、私の手元にあるのは1980(昭和55)年に改訂されて1983年に出版されたものですから、ちょうど私が看護学生だった時代に使われていたものです。


その教科書の「はしがき」を読むと、あの30年ぐらい前の私が感じていた「日本は社会制度も整った豊かな国」という認識はどのように形成されたのだろうと驚くほどでした。


今回の記事では、その教科書に書かれている授乳方法についてではなく、この1976年に書かれた「はしがき」を紹介したいと思います。


 婦人労働の一般化にともない、3歳以上の幼児の保育については既に広く普及し、その積極的意義も認められているが、乳児保育については歴史も浅く、その意義についても議論が多い

 保育の方法論も、幼児保育は教育学の流れをくみ、それに基づく発想法が主流をなしているが、乳児保育は質的にややこれと異なるように思う。すなわち、いろいろな理念の前にまず乳をのませ、離乳食を食べさせ、おむつをとりかえ、泣けばあやし、病気があれば治療し、また予防する。これが育児の大部分をしめ、母親はこれを無我夢中に献身的に世話することにより、またそれが自然に感覚刺激となって乳児の発達をもたらす結果ともなっている。乳児保育の基本はまずこのような身体面の未熟さを守り、その養護についての知識を実施することであり、これが幼児の保育と違う難しい面でもあろう


このあたりはケアの語源で紹介したように、ケアというのは育児から始まった言葉であることにも通じますが、乳児保育というのはケアが中心であり幼児保育はケアよりも教育的な関わりが増えてくるという感じでしょうか。


 従来の保育学は乳児期をさける傾向があったが、これは乳児期が教育学の流れにそう、それまでの保育学には異質なためであったのだろうが、しかし、近年は乳児保育に対する社会的養成が盛んになって、保母教育過程にも乳児保育が別に独立して必修科目となったことは喜ばしい。上述の理由から当然の成り行きでもあろう。これに対応して乳児保育のテキストも現在数種類出版されていて、著者の専門により、医学、心理学、社会福祉とそれぞれの面に特徴が出されているが、これらの総合の上にたつ乳児保育学としての大系は、むしろこれからつくられていく運命にあると考える。そこで筆者らも浅学非才をかえりみず、本書を執筆した次第である。


1970年代終わり頃に、看護学生として保育所実習にも行きました、当時すでに「ゼロ歳児保育」という言葉もあった記憶があるのですが、この「はしがき」を読むと、あの頃がまさにこの乳児保育のあけぼのの時代だったのですね。

 というのは、筆者らは永年乳児保育の業務に従事してきたが、わずか十数年前までは、ホスピタリズムのために集団保育の極端な否定から施設罪悪論さえみられたことを想起する。このような背景下で乳児施設の職員のよりよき保育を求めての努力がなされた。牛歩のなげきを感じながらも保育環境の整備、保育法の改善、くふうと努力を重ねる中に、子どもの発達パターンは敏感にこれらに左右されることを知ったことは驚きでもあり、喜びでもあり、大きなはげみともなった。このような経験や成績が永年の間にいささか蓄積されたので、これを一本化にまとめたいと念願していたところに、たまたま同文書院から保母養成過程のテキストの執筆依頼があり、それを機会にまとめたのが本書である。


新生児や乳児についてまだ誰もよくわかっていないということが、すくなくとも認識されていた時代だったとも言えるのではないかと思います。


この「はしがき」が書かれて40年たちましたが、どれだけ私たちは新生児や乳児についてわかったのでしょうか。
たとえばあの刻々と変化する出生後数日の新生児の変化さえ、観察に基づいた記述というものがありません。
ただただ、「どれだけ飲めたか」「どうしたら(大人にとって)うまく飲ませられるか」といった授乳についての方法論ばかりです。


乳児保育の歴史は浅い」、それは今もまだその時期なのかもしれません。






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