行間を読む 67 <「若手小児科医に伝えたい母乳の話」>

災害時の授乳について、過去記事のまとめを作ろうと読み返していたのですが、「『災害時こそ母乳』は誰に向けたメッセージだったか」で紹介した、日本小児保健協会の「災害児乳児栄養情報(栄養委員会)」を読み返して、あることに気づきました。


2012年の時点では良い内容だと思って紹介したのですが、「2. 粉ミルク利用の場合」に以下の部分が書かれていることに、「あれっ?」と思いました。

先進国では、災害時に粉ミルクを送るときは紙コップも同時に送ることも勧められています。(日本ラクテーションコンサルタント協会)


たしか、2012年5月に読んだ時には、この部分はなかったはず。
ただ、当時プリントアウトしたものはすでに破棄してしまったので、私の記憶違いかもしれませんが。
でも、この箇所があったら、私はこのサイトを「良い情報」として紹介することはなかったと思います。
「紙コップでの授乳」という一見善意の声が広がる動きの背景は何かが気になったことも、私がブログを始めた理由のひとつでもあるのですから。


この部分が後で追加されたかどうかはわからないのですが、もしそうであれば、「非常時と粉ミルク要望書」で紹介したように、当時、粉ミルクの要望書を出した新生児科の先生方に「日頃母乳育児を推進している立場からはいかにもおかしな文章であった」と後日言わせるような、なにか動きや圧力があったのではないかと気になりました。


<「若手小児科医に伝えたい母乳の話」>


勤務先の診療所には、他院から交替で小児科の先生が新生児の診察に来てくださっています。
体重の変化や赤ちゃんの全身状態を見ながら、ミルクを足すことをお母さんたち躊躇させないように説明してくださっています。


むしろ、小児科の先生にとって手強いのは助産師かもしれません。
おそらく「母乳で頑張らせる助産師」のイメージをもっていらっしゃるのではないかと思うほど、最初の頃はこちらの手の内をさぐるような感じです。
私たち助産師もまた、体重増加がゆっくりな赤ちゃんには積極的にミルクを勧めている様子をみると、ホッとされている印象です。


私は今まで「ミルクは足さずに母乳だけで」「WHO/UNICEFの10か条に基づいて」という方針の小児科の先生とは出会わなかったことは、本当に幸いだと思っています。
お母さんや新生児にむりやり母乳だけで頑張らせてもどうにもならないだけでなく、母子の状況を悪化させることも起こる訳ですから、小児科医の方針で「ミルクを足さない」と言われたら、私たちは従うしかありません。


ところが現実には、「母乳だけで」という理想は通用しない状況が多いので、目の前の一人一人の赤ちゃんとご家族の状況を見ながら、それぞれに合った適切な栄養を考えるしかありません。



でも災害の非常時にまで、「母乳推進の立場」を求められるようになってしまった小児科の先生たちの状況は、もしかすると2007年に出された「若手小児科医に伝えたい母乳の話」(日本小児科学会栄養委員会)あたりから、なにかじわじわと変わって来たのかもしれないと気になっています。



その「おわりにーなぜ、いま母乳か?」には、こんなことが書かれています。

母乳が小児の栄養源として必要不可欠であり最良の物であることは、乳児に、育児をする母親に、あるいはその医療に関わる小児科医、産婦人科医に、くわえて育児指導や看護を担当する医療・保育・栄養の関係者全ての人々にとって、自明の理です。しかし、その一方で、人工栄養(母乳代用品)の普及と発展により、授乳の開始時点から離乳そして幼児食へ経緯の全ての段階で、その選択に迷いを生じているのが現状です。換言すれば、母乳は常に母乳代用品と比較され、母乳育児は母乳代替品育児と比較されます

母乳代替品は単なる食品です。しかし、母乳は自らの児のために母親の体内で合成され分泌される体液の一部であり、その栄養分としての内容は新生児の成長に関して乳質や分泌量が変化し、加えて生態防御反応を高め、母子関係の育成を促進する物質です。


1980年代終わりごろに母乳に脚光が浴び始め、母乳に関する書物が増えた中で、「母乳はすごい。できるだけお母さんたちが母乳だけで育てられるようにしてあげたい」と意気高揚としていた私自身を思い出します。


結局はミルクも大事な選択であるという当たり前の結論に私が到達した頃に、この小児科医向けの流れが始まっていました。
10年前にこの「若手小児科医に伝えたい母乳の話」を読んだ時に、とても残念だと思うとともに、その影響が心配でした。


ただ、こういうことは信念に感情で反論しても平行線をたどり、反動から反動へとまた歴史を繰り返すことでしょう。



新生児や乳児、あるいはそのご家族といった対象の生活史を地道に観察し、客観的事実を積み重ねる方法を考える。
それが授乳に対する科学的なとらえ方ではないかと思います。







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