思い込みと妄想 18 <マクロビ『派』ビスケット>

連日、辰巳国際プールでの競泳日本選手権の熱戦は本当にわくわくしました。
私の印象に残った場面はたくさんあるのですが、表現するのは難しいですね。
5月のジャパンオープン、そして世界水泳と楽しみにしています。


さて、辰巳からの帰路は、いつもじんわりと熱戦の余韻を楽しみながら帰るのですが、今年はちょっと気になるものが目に入ってしまいました。


有楽町線の車内に貼ってある森永製菓の「マクロビ派ビスケット」の宣伝です。
このビスケットはちょうど1年前に発売されて、当時話題になっていたので気になってはいました。あ、私の近辺での「話題」はもちろん批判的な意味ですね。


ところが私の生活圏ではほとんど見かけることがなかったので、きっとあまり売れなくていつのまにか消滅したのだろうと思っていました。


検索してみると、けっこうコンビニなどで売れているようで、「20代から30代の女性」がターゲットになっているようです。


<マクロビ派ビスケット、ブラウニー、チップス>


森永製菓のホームページを見ると、現在は3種類があるようです。
そして「マクロビ」について以下のように説明があります。

マクロビとは「マクロビオティック」の略で、穀物や野菜中心の自然と調和した食事をとることにより、健康的なライフスタイルを目指す考え方です。

そしてビスケットは「バター、マーガリン、白砂糖不使用」として、こんな説明があります。

マクロビオティック」の考え方に基づき、植物由来の原料のみで焼き上げました。バター、マーガリンといった動物性脂肪のほか、白砂糖や乳製品、卵も使っていません。

あるいはマクロビ派チップスには、「精製塩不使用」と書かれています。


でもビスケットの原料にはアーモンドパウダーやメープルシロップが使われているし、ブラウニーも有機ココアが使用されているあたりは、「『身土不二』の思想」とも違うような感じですね。


<「こだわり」が社会へ深刻な影響を与えることもある>


このマクロビ派ビスケットの開発担当者のインタビュー記事も以前、話題になっていました。
「カラダうれしい自然素材にこだわった『マクロビ派ビスケット』前編「後編」です。


前編では開発担当者の「こだわり」が好意的に書かれていて、後編では「どんな方に食べて欲しいか」という質問に、こう書かれています。

マクロビオティックが気になっているけれど、忙しくてなかなか実戦できない女性の方はぜひ。商品名のマクロビ派の『派』には、マクロビオティックを手軽に普段の生活に取り入れて欲しいという担当者の思いが込められているのですよ。

「派」という一字で、そのこだわりのイメージをやんわりとしたものにしたいのかもしれませんが、「なんとなくよさそう」と若い女性に広がったことが与える影響は、数年前に助産師の中で広がったことを思えば見過ごせないものがあります。
そんな危機感から書いたのがこちら。

助産師と自然療法そして「お手当」1
<身近な素材でできる?>
<14歳までの子どもへのマクロビ>
<子どもたちの「症状」とマクロビ>
<子どもたちと「好転反応」>
<子どもたちは「症状」を訴えられない>
<妊娠・出産・子育てとマクロビ>
<マクロビでお産は痛くない?>
<マクロビの「出産心得」>
<マクロビの安産志向にあるもの>
<マクロビの安産志向の背景にある思想>
<マクロビの安産志向とアンビバレンツ>
<マクロビの「食をととのえて迎える出産」>
<マクロビの安産と難産>
<マクロビの妊娠・出産の「トラブル」>
<マクロビ「妊娠・出産・育児のなんでも相談編」>
<マクロビ「妊娠・出産・育児のなんでも相談編」つづき>
<マクロビと予防接種>
<マクロビとアトピー性皮膚炎>
<助産師とマクロビのつながり>
<母乳哺育とマクロビ的なもの>
<マクロビベビー>
<バイブル商法と私のあちゃーな経験>

我ながらよく書いたと思いますが、doramaoさんのマクロビ関連エントリーのおかげです。


私の中でマクロビオティックというのは、思い込みと妄想が生み出したイデオロギーであり、そのこだわりはフードファデイズムへと人をはまり込ませる可能性がある、といったあたりです。


そしてそれが助産師の中で組織的に広がったり、こうしたメーカーが広げることで、バイブル商法へと加担していることへの社会的責任を問われる必要があると思います。


それにしてもこうしたこだわりにはまるきっかけはちょっとした気分の差なのだろうと、この開発担当者のを読むと思いますね。
もし、マクロビの話を「シャルル・ド・ゴール空港で出会ったマダム」からではなく、そのあたりの普通のおばさんから聞いたら、あるいはマクロビオティックではなく「食養」だったら。
私と同じく、辛気臭いと思って信じなかったかもしれないですからね。


ちょっとおしゃれで進歩的な雰囲気に弱い時というのは、往々にして「自分がとても大事」な心境なので、その失敗を認めることもなかなかできないものです。


こうして、あやしい思想は10年とか20年の時を経て、繰り返し繰り返し復活するのかもしれません。




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