10年ひとむかし 7  <人の手となり足になる>

2000年に介護保険が始まりましたが、当時はまだ両親も元気に過ごしていたので、私自身にとっては介護保険料を徴収され始めることのほうが「実感」でしかありませんでした。


こうした新しい試みに対して私自身はちょっと保守的に構えるところがあるので、期待感もある反面、すぐに破綻するのではないかと心配していました。


介護保険とともにケアマネージャーという資格がつくられて、試験が始まりました。
産婦人科勤務の助産師や看護師の中にもこの試験を受ける人がいて、介護への関心の高さに驚きました。


それからわずか2〜3年もしないうちに、父が認知症になり、そして10年ほどで母も心臓の手術を受けて自宅での生活が困難になり、たくさんの介護保険の制度とスタッフの方々にお世話になっています。


わずか十数年で、こんなにもさまざまな介護を担う人たちが出現したことに驚くとともに、病院の中の看護と介護の発想の違いを痛感しています。


Wikipedia介護保険の「概要」には以下のように書かれています。

介護保険は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。


「尊厳を維持」し、「自立した日常生活を営む」ために、国や地方公共団体には以下のように定められているようです。

国及び地方公共団体は、被保険者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、保険給付に係る保健医療サービス及び福祉サービスに関する施策、要介護状態等となることの予防又は要介護状態等の軽減若しくは悪化の防止のための施策並びに地域における自立した日常生活の支援のための施策を、医療及び居住に関する施策との有機的な連携を図りつつ包括的に推進するよう努めなければならない。


こうした理念が定められても、それを担う人材がでてこなければ破綻してしまいます。


ここ十数年の介護の流れを見て、私はどこからこんなにたくさんの「人の手足になろう」という人たちが出現したのだろうと不思議に思うとともに、希望の光のように感じるのです。


<人の手となり足となる>


親に介護保険の必要性が出て来た最初の頃は、手続きの面倒さや複雑さに圧倒されました。
まだまだ発車したばかりの制度ですし、自治体によってもあるいは窓口によっても判断の違いもあったり多少の混乱があったのはしがたがないことかもしれません。



ところが一旦、ケアマネージャーさんとつながると、本当にたくさんの支援方法や地域の人の自主的なネットワークなどを紹介してもらいました。


「こんなこともしていただけるのですか」、「ここまでサービスができたのですか」と生活の隅々まで支えようという発想があることに、両親がまだ自宅で暮らしている頃に幾度となく助けられました。


一日に何度も「散歩」に出かけていた父が一度行方不明になり、警察や消防の方々が出動して探していただいたことがあります。
それ以降、家にはセンサーが取り付けられ、父と相性があいそうなデイケアをケアマネージャーさんが探してくれました。


常時、父を見守っていた母をいつも気遣ってくださり、別の訪問の帰りにもよって声をかけてくださっていました。


また、母の体力が低下して少し離れたゴミ捨て場に行くことが負担になってくると、地域の巡回サービスのグループを紹介してくださいました。
高齢者の家のゴミ捨てや庭の手入れなどを格安の料金で手伝ってくれる人たちが、いつのまにか社会の中で活動していました。


とても助かり便利なのですが、小金がまわる程度の収入で、この方達の生活の方が心配になります。


私も看護というケアの世界で「人のために頑張ってきた」という自負のようなものがあったのですが、看護と介護の違い、それは「人の手となり足となる」あたりかもしれません。
今は、介護を担う方々に学ぶことがたくさんあります。


そして、もっと世の中には人の手となり足となることを仕事にしたいと思う人がこんなにいるのだと、この十数年を見て良い方向に向いているのではないかと思うのです。


こういう気持ちと生活が両立し続けられるような社会でありますように。




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