助産師の世界と妄想 25 <お産に対するファンタジーとムーブメントの終焉へ>

「自然なお産運動」の終焉を書きながら、その行間に書き足りなかったことをつらつらと考えています。


医療の急激な変化に伴って、なかなかそれを受け入れ難い面はあると思います。
たとえば、もし私が今、癌の治療を受けなければいけなくなったら、10年前の総合病院で働いていた時の知識や経験では歯が立たないほど、治療内容も病院のシステムも変化しています。
「できればそれをしなくて済む方法を」という気持ちになるかもしれません。


出産も、それまで医療がほとんど介入することがなかった時代からわずか半世紀程で急激な変化があったわけで、どうしても昔はもっとおだやかに出産していたのではないかというファンタジーに夢をかけたくなった。
そんな気持ちから、「自然なお産」を求める動きが1970年代頃から出て来たのではないかと思います。


ひと言で言えば、時代の変化に折り合いをつけるということでしょうか。


いろいろな想いが出され、いろいろな試みがなされることは大事ですが、「理想は白、現実は黒」という独善性が強くなったときに、それはファンタジーを求めるムーブメントになってしまうのかもしれません。


そんなことを考えていたら、一つの象徴的とも言える変化がありました。


2010年に開設された聖路加産科クリニックの体制が変わるようです。
ホームページには以下のように書かれています。

*2017年4月以降、聖路加産科クリニックはより安全・安心な出産環境を整えるため助産所に運営形態を変更し、分娩を聖路加国際病院で行うオープンシステムをとる予定です。
*オープンシステムとは、妊婦健診(産前)、産後入院および産褥入院(ショートステイ)のサービスを助産所で行い、分娩を聖路加国際病院にて行うシステムです。
*分娩の際には、産科クリニックの助産師がケアを行います。

<聖路加産科クリニックとは>


2010年当時、聖路加クリニックがどのような方向性を持って開設されたかが分かる記事が、「BUAISO.net」にありました。

新たな助産システムの構築へ聖路加産科クリニックの「1%」の違い


 99%助産院のようなクリニックーー今年6月15日に開院した聖路加産科クリニックの特徴は、これに尽きる。
 初めて助産院とは何か、おさらいをしておこう。助産院とは、本来女性は「産む力」を、そして赤ちゃんは「生まれる力」を持っているという考えに基づいて、医療介入のない自然分娩をサポートする施設だ、妊婦健診から出産の介助、母乳相談など産後のケアまで、すべてを助産師が行う。助産師とは、助産師学校などで専門教育と実習を受け、国家試験に合格した看護師免許取得者だ。

 こちらのクリニックも、自然分娩を目指している点は同じ。だから、自然分娩が可能な「合併症がなく、妊娠の経過が正常な妊婦さん」しか受け入れないし、受け入れ後も、妊婦は、正常に経過できるように生活を整えることが求められる。もちろん1人でやれ、と突き放すわけではない。妊婦1人1人に5〜6人の助産師から成る担当チームが付くのだが、妊婦健診は、その担当チームの助産師が1回につき45分程度かけてじっくりと行う。そして冷え対策や食養生といった生活上の工夫を、妊婦と一緒になって考えてくれる。それでも母児に異常が発生してしまった場合は、聖路加国際病院など、適切な医療介入ができる医療機関に転院・搬送となる。
 正常に経過した妊婦がクリニックで出産する時、担当チームの助産師が必ず1人はつく。分娩室に分娩台はなく、医療機器は出産が来るまで機械室に隠されている。洋室の分娩室にはベッド以外に巨大なクッションが、和室の方には肋木(ろくぼく)や力綱が用意されているので、楽な姿勢で陣痛をやり過ごし、自由な姿勢でお産をすることができる。入院部屋は全室個室。24時間母子同室で、セミダブルサイズのベッドに一緒に眠る。食事は母乳によい、安心・安全な和食だ。

子供を産み育てられる町づくり、「1% 」に盛り込まれた壮大なプラン


 では、助産院とは違う「1%」とは何か。クリニックの所長であり、ベテラン産科医である進純郎(しんすみお)医師が常勤し、診断・治療を行い、搬送の有無やタイミングを判断し、産まれて来た赤ちゃんは聖路加国際病院の小児科医による診察を入院中2回以上受ける。表面的にはそれだけだ。しかし、純粋な助産院としなかったのには、もう1つチャレンジングな動機があった。
 例えば、アメリカにはアドバンスド・プラクティス・ナース(APN)という資格がある。大学院修士課程を終了し、国歌試験に合格した看護師免許取得者のことで、診断や医療行為ができる。開業もできる。アメリカでは助産師もAPNだ。
今、日本では産科医不足が問題視されているが、APNのような資格を新たに設け、妊娠の経過が正常な妊婦はAPNである助産師の元で産むことにすれば、産科医を増やさなくても問題は解決する、という考え方がある。だがそれを実施しようとしても、今の日本では法律に阻まれる。助産師は、開業はできるが、診断や医療行為は原則としてできないことになっているからだ。
そこで聖路加産科クリニックは、トレーニングを積んだ助産師を5、6人のチーム偏生とした。これによって、顔なじみの助産師チームが支える安心感を妊婦に与えつつ、同時に、経験や勘に頼りすぎない安全なお産の基準の確立を目指すのだという。オープンしたばかりの今はまだ、限りなく助産所に近い基準で妊婦を受け入れているが、いずれはさまざまな症例を経験し、体系化したうえで「安全なお産の基準」として発信する予定だ。さらに、将来助産師になる学生や開業を希望する助産師の研修も行い、高度の臨床能力をもつ助産師を育成していく。
つまり助産院とは違う「1%」には、法律改正に先んじて新たな助産システムを作り上げるという、壮大なプランが盛り込まれているのだ

あちこちと赤字で強調したいところですが、最後の一文だけにしておきます。


そうか。たかだか100例程度の分娩経験でアドバンスと名乗らせるのは、このAPNから来ているのですね。
キャリアラダーという単なる指標にすぎないものを、一気に資格制度にしたのもこの壮大なプランの実現のためだったのでしょう。



そして法改正まで見越した、助産師の世界の壮大な社会実験だったのだと。
その結果は如何に。
そしてその影響に対する責任は誰が、どのようにとるのでしょうか。





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