鶏が先か卵が先か 3 <免許更新制よりもケアの標準化を>

最近、高齢者の運転事故の報道が続いたので、「いつ免許を返すか」という問題を考えた人が多かったかもしれません。


一度とった運転免許証は大きな事故や違反を起こさない限り、あるいは私のように30年以上も運転したことがないままでも長いこと保持することができます。
両親の運転免許に書いたように、若いときからずっと安全運転して来た人もいれば50代になって初めて取得した人など、「運転免許がある」もレベルはさまざまです。


ただ、年齢とともに身体反応が遅くなったり、新しい機械や法律を覚えきれなくなったり、いつ更新を止めるかの判断はとても難しいことでしょう。
父のように、運転を続けて来たことが案外と自分の誇りとして大きな部分を占めていることもあるので、周囲が客観的にみて止めた方が良いと思ってアドバイスすることも難しいことがあることでしょう。


「持っている」だけでは、いろいろと不安になるのが資格というものかもしれません。



<「免許取得後に、助産師個人の経験や学習による能力を知る術はない」>



医療従事者の国家資格や都道府県資格も、一旦取得すると、よほどのことがないかぎり一生使えます。


運転免許とも違って今のところ更新制度もないし、「返納する」というシステムもないようです。
単にその仕事につかなければ、よいだけの話なので。


もしかしたら、初めてのアドバンス助産師制度に5000人以上も申請した背景には、おそらく新しい流れに遅れまいとする不安とともに、国家資格以外の「自分の実践能力を示す何かがない」ことへの不安が大きかったのではないかということを「民間資格より先に、ケアの標準化を」で書きました。


「2016年版 助産実践能力習熟(クリニカルラダー)®レベル3 認証申請ハンドブック」の「意義」にも、やはり以下のように書かれています。

日本は、助産師の免許制度は更新制ではないため、免許取得後に、助産師個人の経験や学習による能力を知る術はない。さまざまな、周産期医療提供環境によって、助産師の実践能力の低下が懸念されている現在にあたっては、計画的に助産実践能力を強化し、その能力を第三者に示すことは不可欠である。


「免許更新制ではない」
たしかにそうで、すぐに思い浮かぶのがイギリスでは免許更新制を取り入れているということです。
ところが「イギリスにおける看護師の教育制度の変遷と看護職の現状」(曽根志穂氏ら、金沢大学医学部保健学科、2005年)を読むと、イギリスと日本の看護教育や資格取得の過程には大きな違いがあるようです。

・イギリスの看護教育は、全て大学の全日制の3年間であるが、これを終了しても「看護師登録前教育」を終了した段階でしかない。
・そのあとに学生の段階から特定の専門領域を選択し、1年間の専門教育を受ける。
・その教育が終了したあとに「看護師や助産師になるための国家試験は実施されていない」。
・高等教育機関での専門教育を終了することで、資格を得ることができる。
・看護師の資格取得後にそれぞれの専門教育を受けてから得ることができる資格に、精神、小児、地域、障害者、在宅、学校保健などがあり、すべて NMC(看護・助産審議会)による認定試験である。
(引用者によるまとめ)

そして「看護師資格と継続教育の充実」では以下のように書かれています。

イギリスの看護師資格の特徴は、資格取得のための国家資格がないこと、また基礎教育の段階ですでに専門領域を選択肢教育を受けているため、看護師全員がいわゆる専門看護師として資格登録し、就労していると考えられることである。さらに、免許更新制度にかかる定期的な継続教育の実施やさまざまな教育背景や実践経験を持つ看護師が学位をとれるように大学や病院が多様な学習プログラムやコースを開設している。これらは、看護職が専門職としての責任と自覚を持つこと、そして看護職が生涯にわたって意欲的に専門教育を受け、常にスキルアップしていくことが可能なシステムとなっている。


「日本も免許更新制にすれば看護職の資質を担保できる」という簡単な話ではなさそうです。




<能力の認定よりも標準化されたことを学び続けるシステムが先ではないか>


イギリスの助産教育でいつも思い出すのが、「助産院は安全?」のコメント欄でメイさんが教えてくださったことです。日本の助産師資格のあとにイギリスで助産師資格を取得された方です。

助産師は根拠のない処置を行ってはならないし、患者さんが望んだ場合でも、それがリスクを伴う場合は、そのむねを説明し、医師にも報告しなければならない」ということです。

では、どのようにしてエビデンス(根拠)のあるケアを徹底するかというと、英国にはNICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)という機関があって、そこがガイドラインを設定しています。各病院がこれらのガイドラインを目安に、実用的なレベルまで下げて、さらに細かくガイドラインを設定しています。NICEでは、リサーチの奨励もしていて、常に新しいエビデンスを求めています


日本の助産師のように民間療法が野放しになっている状況と、それをよしとして学生に教育している中で、どのように「個人の能力」を図ろうと言うのでしょうか。



周囲の同僚を見ても、どんどんと変化する周産期医療の中で、知識や経験をどう積んだら良いかの壁に突き当たっているようです。
まずは標準的な業務が明文化され、アップデートされ、有資格者の誰もがその知識を学ぶ機会を作ることではないかと思います。


資格の中に新たな資格をつくることではなく、「看護職が生涯にわたって意欲的に専門教育を受け、常にスキルアップしていくシステム」こそが求められているのだと思います。


そしてそのスキルアップの対象も、「自然なお産」「自律した助産師」「母乳育児推進」といったイデオロギーに基づくものではなく、社会のニーズを調査したことに基づくものであることが大事なのではないのでしょうか。


イギリスの看護職が3年ごとの免許更新制を導入できたのは、この核になる部分がしっかりしているからなのだろうと、メイさんのコメントを読んでの印象でした。



「アドバンス助産師」が自分の経験を担保してくれると期待して多くの助産師が申請したのかもしれませんが、もう一度、そのあたりから考え直してみた方がよさそうですね。





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