シュールな光景 5 <高カカオチョコレート>

10年ぐらい前のこと、朝まで眠れない夜がありました。
悩み事など不眠の原因も特になかったのですが、異様に目が冴えているのです。
羊も数えましたし、ちょっと軽くストレッチをしたり温かい飲み物を飲んでみたり、手当たり次第に眠れそうなことを試してみましたが、結局朝まで眠れずに一晩を過ごしました。


こんな経験は初めてでした。
何が原因なのだろうと思い返してみたのですが、もしかするとと閃いたのが夜に食べたチョコレートケーキでした。
某有名菓子メーカーの高純度チョコレートを使った、高級なケーキです。
知人からいただいて、悪くならないうちにと全部食べたのでした。
もしかしたら、相当なカフェインが入っていたのではないかと思うのですが、真実はわかりません。



最近、「高カカオチョコレートで認知症予防」といった話題をみた時に、あの夜のことを思い出したのでした。
ただ単に、カフェインで頭が冴えた気分になるのではないかと。
まあ、「これが○○に効く」と話題が作られる、いつもの日本の風景だなあとその時は読み流していました。


ところが!
なんと母から珍しく手紙が来て、「新聞の広告に認知症予防になるというチョコレートが載っていたから、買って送って欲しい」という内容が書かれていました。その切り抜きも同封されて。


それは近くのコンビニでも買えるから送料のほうが高くつくし、認知症予防になるくらいなら医薬品になっているはずだし、と返事をすれば済むのですが、きっとまた「冷たい娘」と思われるだけで納得してもらえないだろうなと、どう返事をしようか迷っています。


<BDNF(脳由来神経栄養因子)って何?>


どうやら「チョコレートの摂取により、アルツハイマー型認知症や記憶・学習などの認知機能と関連性が報告されているBDNFが増えることがわかりました」という研究が元のようです。



その研究のまとめが「高カカオチョコレート摂取による健康効果」で検索すれば公開されていますが、その中にBDNF(脳由来神経栄養因子)とチョコレート摂取について以下のように書かれています。

BDNFは神経細胞の発生、成長、維持、再生を促進させる神経栄養因子(分泌性タンパク質)の一種で、鬱病アルツハイマー認知症といった記憶、学習などの認知機能との関連性が報告されている生体マーカーである。BDFNは海馬などの中枢神経に多く存在しているが、血液中にも存在し、ニューロンの産生や神経突起の伸長・促進、神経伝達物質の合成促進などに関与する。運動や脳活ゲームなどでは、BDFNが上昇することが明らかになっているが、加齢に伴いその量は低下してしまう。このBNDFは、チョコレート摂取後に有意に上昇していたことが明らかになった。


たぶん私を含め文中の専門用語がわからなくても、赤字強調した部分が印象に残って、「なんだか良さそう」に感じることでしょうね。



<科学からあちらの世界へ>



「チョコレート摂取による健康効果に関する実証研究」では、研究の方法が以下のように書かれています。

蒲部市内の45〜69歳までの347人(男性123人、女性224人)に、4週間、カカオポリフェノールを多く含むチョコレートを毎日一定量(1日5g5枚、約150Kcal)を摂取していただき摂取前後の血圧測定や血液検査などで身体の状態を検証しました。

その結果が、こういう事実だったようです。

血圧低下、HDL(善玉)コレステロール値上昇などの効果に加え、BDNF(脳由来神経栄養因子)の上昇や、炎症指標と酸化ストレス指標の低下を新たに確認しました。

「BDNFが上昇」したことは事実だったとしても、認知症を予防するという結果までは検証されたわけではない。
科学とか研究に疎い私でも、ここ数年でニセ科学についての練習問題に取り組んだおかげで、この高カカオチョコレートの認知症予防効果についても、何が問題かが見えるようになりました。


「ニセ科学とつきあうために」の、「12. ニセ科学は願いをかなえる」と「13. 個人的体験と客観的事実」あたりを知っているだけでも、「高カカオチョコレートが認知症予防になる」と飛びつかなくて済むのではないかと思います。



あ〜あ、でも母にそう説明しても、理解も納得もしないだろうな。
どうやら「高カカオチョコレートは苦すぎて高齢者の口に合わないらしい」「カフェインが多くて眠れなくなる可能性があるらしい」あたりが、母の気持ちにブレーキをかけられるかもしれません。



なんだかシュールな世界ですね。




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