散歩をする 18 <内藤新宿から半蔵門へ>

前回は新宿から幡ヶ谷方面へ玉川上水の暗渠部分をたどってみましたが、プールの誘惑に負けて時間が足りなさそうだったので、玉川上水の終点、四谷大木戸は別の日に歩いてみました。



こちらの記事で紹介した「東京地形散歩」では、こう書かれています。

玉川上水とは、玉川の羽村堰で取水して開渠で通水し、四谷の大木戸からは石樋や木樋で江戸市中に導水されていた上水道である。近代水道とは異なり、塩素などによる消毒は行われず、町民地では上水道を用いていた。

それが、こちらの記事で紹介した「江戸の給水法」で、この四谷大木戸から始まり、当時は毒やゴミが入らないようにこの地に「水番所」が作られていたそうです。

幕府が出入りを監視していた四谷大木戸には、隣接して玉川上水の水番所が設けられていた。水番所には、水番人1名が配置され、水門を調節して水道を管理したほか、ゴミの除去を行い、水質を管理した。


この本の地図を見ると、四谷大木戸の少し先にある四谷四丁目交叉点付近から、信濃町方面へ向けて上水が分岐し、東京タワー付近まで青山上水が作られていたようです。


四谷四丁目交叉点をそのまま新宿通を真っすぐ行くと皇居まで通じているのですが、この本を読むと、玉川上水江戸城の掘まで通水されていたようです。

江戸城内の水も玉川上水を用いており、今も吹上御苑に残る「段濠」と呼ばれる遺構は、玉川上水を導水した水路である。昭和40年(1965)に淀橋浄水場が廃止されるまで、玉川上水の大量の残り水が吹上御苑流入する直前の半蔵門直下から桜田濠に注がれていたという。内堀の水質が決定的に悪化するのはこれ以降である。


新宿駅から四谷大木戸跡までだと、散歩も10分ほどで終わってしまいそうなので、そうだ半蔵門まで歩いてみようと思い立ったのでした。


新宿御苑から新宿通を通って半蔵門へ>



歩いたのは残念ながら夕方だったので、新宿御苑内にある玉川上水跡は入れずに外から見るだけになりましたが、五分咲きの桜を楽しみながら四谷大木戸まで歩きました。

新宿駅近辺より東では、玉川上水の面影は再び途絶えるように見えるが、流路は地下に保全されている。1986年(昭和61年)の清流後復活事業に際し行われた東京都の通水試験では終点の四谷大木戸まで通水可能であった。終点に近い新宿御苑付近では、旧上水は御苑北縁の道路下に埋設されていて、大雨時などの下水越流時には千駄ヶ谷幹線(穏田川)へ連なる排水路として利用されている。

玉川上水の終点である旧四谷大木戸地点には東京都水道局新宿営業所及び新軸区立四谷区民センターがあり、傍らに「水道碑記」(すいどうのいしぶみのき)が建てられている。往時、ここに水番所があり、ここから先は埋設された石樋・木樋を通して江戸市中各地へと配水していた。
Wikipedia玉川上水より)


大きな石碑には漢文で書かれていたので、おおよその見当で読んだのですが、資金を出す人、労働力として手伝う人など多くの人が関わったことが書かれていました。



四谷三丁目や四谷付近は、30年以上前にとあることでよく通った地域なのですが、今回新宿通をまっすぐに歩いてみて、当時全く目に入っていなかったことに気づきました。
それは新宿通の両脇へと入る道は、ほとんどか坂道であったことです。
しかも結構な下り坂です。
つまり、この玉川上水の延長にあった水路も、尾根伝いに作られていたということなのかもしれません。ローマなどの水道橋のように、高い所を水路が通っていたのでしょうか。


さて、1時間ほどで半蔵門に着いたころはすっかり暗くなっていました。
でももう一つ、今日は目的があります。
地図で、半蔵門駅の近くにアイリッシュ・ダンスの国、アイルランドの大使館を見つけたのでした。


暗かったので一本道を間違えてしまいましたが、大使館はすぐのところにありました。
でも、ぜんぜん物々しくなくて、大使館の入っているビルは「アイルランドハウス」とだけ書かれていて、石の灯籠が入り口に置かれていました。


ああ、やっぱりいつか絶対に行ってみたいと思う国です。




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