産後のトラブルを考える 24 <「便失禁診療ガイドライン 2017年版」>

先日、日経メデイカルからさんが教えてくださった、「便失禁診療ガイドライン 2017年版」(日本大腸肛門病学会、南江堂)を読んでみました。
日経メデイカルからさん、ありがとうございます。


その前文には、「便失禁は日常生活のQOLに大きく影響する排便障害の症状であるにもかかわらず、これまで長年にわたり教科書への記載が極めて少なく、一般的な診療としてはほとんど浸透していない領域でありました」と書かれていました。
産科に限らず、他科でもまだまだたくさんの問題が山積みなのかもしれません。


驚いたのは、「便失禁の定義」(p.2)の「解説」に、「便失禁とは便がもれることの症状名であるが、本邦において疫学的調査や治療の適応などに利用される学問的な定義はない」と書かれていたことでした。
30数年前に看護学校ですでに「便失禁・尿失禁」という表現を習っていたのですが、学問的な定義というのはまた別で、気が遠くなるほどの時間をかけた観察に基づき、言葉が選ばれていくのですね。



<周産期と便失禁のリスク>


ガイドラインの「便失禁の発症リスク」(p.14)には、「性別に関しては男性より女性の便失禁の有病率が高いとする報告が多いが、男女間の便失禁の有病率に差がないとする報告もあり、便失禁のリスク因子としては比較的弱い因子である」と書かれています。「年齢は便失禁の明らかなリスク因子」とあり、加齢にともなって男女ともに起こりうるということのようです。


ただし、産科的な因子は以下のように書かれていました。

いくつかの産科的条件は便失禁の明らかなリスク因子として知られている。分娩回数、自宅分娩、初回経膣分娩、鉗子分娩は便失禁のリスク因子として報告されている。また胎児の大きさ(4000g以上)、分娩第2期の遷延もガス失禁や便失禁のリスク因子となりうる。

「自宅分娩」とあるのは、おそらく分娩介助者のいない状況で、急速に胎児が娩出されて会陰や肛門付近への負担がかかったり裂傷ができたことによることを指しているのではないかと思います。
たとえ、産科施設で分娩経過を見ていても、急速に怒責感(いきみたい感じ)が出現した場合は同様の状況になるといえるでしょう。


助産師としては常に、こういう産後の便失禁のリスク因子を頭にいれた分娩予測と介助を心がける必要があることが、このガイドラインによって明文化されたともいえるのかもしれません。



<周産期の便失禁へのケアの標準化を>


出産にしても医療にしても、「やはりリスクを予測したとおり」のこともあるのですが、「まさか、なぜこのようなことが起きるのだろう」ということもあります。
たとえば、こちらの記事で紹介した「不顕性肛門括約筋裂傷」の概念や、「出産による障害なのか、自然の括約筋の欠損なのか」という視点は、ここ10年ほどでようやく見えてきたことです。
おそらく、今明らかになっているリスクに対して慎重に分娩介助しても、まだまだ「こんなことが起こるのか」と、医療者側も心が折れそうな経験が待ち受けているのだろうと。



ただ、そういう状況になった方にできるだけ早く対応すること、少しでも日常生活への負担が少なくなるようなケアが標準化されていくことが必要です。


看護職に求められているのは、症状を見逃さないための観察や精神的な配慮、より専門的な治療へ早期につなげられるように医師への報告、そして日常での食事やスキンケアなどどうしたらよいのかアドバイスすることなどでしょうか。
さらに周産期では、通院治療を継続するための赤ちゃんの世話の負担軽減や経済問題、あるいはパートナーとの関係など、サポートが必要な部分が複雑多岐に渡ります。


このガイドラインにも、「看護師主導の排便に関する教育指導とアドバイスは便失禁を減少させ、介護者にとっても有益である」(p.50)と書かれています。
私個人は「主導」とか「教育指導」といった表現は好まないのですが、それはさておいて、このガイドラインを発展させて、周産期分野でのガイドラインやケアの標準化が進むことを心待ちにしています。




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