事実とは何か 46 <新生児の低血糖>

m3.comという医療ニュースのサイトに、「医療ニュース 地方紙号外」というまとめが時々送信されてきます。
「11月13日から12月10日に読まれた地方紙の記事で関心が高かったもの」のトップが、「出産時医療ミス 適切な血糖管理せず 中津市民病院」でした。


このニュースは11月13日に大分合同新聞から配信されたもので、その時にタイトルを見ただけで「明日は我が身」と緊張感が走ったものでした。
その後、11月15日に続報があり、何をどうしたら「不適切」「処置を誤った」とされないのか、また脳性麻痺の場合は産科医療補償制度の対象なのに、さらに損害賠償請求が行われたというのはどういうことなのだろうと、わからないことだらけでした。


出生直後の低血糖やその疑いという状況は、ローリスク対象の産科診療所でもけっこう頻繁に起こるものです。
出生直後からの特に数時間から24時間ぐらいは、無事に元気に生まれたと思った新生児が刻々と変化して一気に状況が悪くなることがあります。
その観察のポイントとして血糖チェックがありますが、第一報と思われる11月13日の記事では詳細はわかりませんでした。


中津市民病院 出産時 処置誤る 子どもに障害、賠償へ
2017年11月13日(月)


 中津市が運営する中津市民病院(同市下池永、横田昌樹事業管理者)で、2011年に女性が出産した際、生まれた子どもが医療過誤で脳性まひになっていたことが10日、分かった。市は女性側に賠償をする方針を決め、12月定例市議会に関連議案を提案する。病院によると、賠償額は1億4千万円。


 関係者の話を総合すると、出産時に病院側は処置を誤ったため、子どもに障害が残ったという。


 病院は13日に会見を開き、詳細を説明する。


 病院は県北部と福岡県東部(京築地域)を対象とする人口24万人医療圏の公的基幹病院として機能している。ホームページによると、病床数は250床。


第一報では、私のように周産期医療で働いている人が読んでも「何を再発防止にしたらよいのか」というポイントがわからないことと、本文中の「分かった」という記述に、「今まで公表されていなかった事実が明るみにされた」と言外に責められているニュアンスを感じ取って胃がいたくなりそうです。


続いて、病院会見後の第二報と思われる記事では、少し参考になることが書かれていました。

出産時医療ミス 適切な血糖管理せず 中津市民病院
2017年11月15日(水)


 中津市が運営する中津市民病院(同市下池永、横田昌樹事業管理者)で、生まれた子どもが脳性まひになっていた問題で、同病院は13日、市役所で会見を開き「小児科の医師らが適切な血管管理を怠ったことにより、低酸素脳症から脳性まひを発症した」と明らかにした。


 病院によると、2011年に市内の女性が帝王切開で出産した双子のうち第2子の男児に、出産から12時間後に嘔吐(おうと)やショック症状が見られた。低血糖と呼吸・血液循環不全により、脳に十分な酸素が行き渡らなくなり、低酸素脳症が原因と考えられる脳性まひを発症した。


 血糖値は出産直後の血液検査で通常(100ミリリットル中80〜100ミリグラム)と比べて低値(同40ミリグラム)だったが、体重や健康状態を表す指標が正常域の範囲内だったため点滴などの処置はせず、通常の新生児と同じ対応をしてしまったという。


 男児は手足のまひなどで介護を必要とする後遺症が残り、退院後も同病院での外来治療や療育施設でのリハビリ訓練を受けていると言う。


 会見で病院側は原因を認めて謝罪、15年に両親から損害賠償請求があり、和解に向けて話し合ってきた。今年10月末に1億4千万円の賠償額で和解が成立する方向でまとまり、12月定例市議会に関連議案を提案する。


 横田事業管理者は「患者や家族に肉体的、精神的苦痛を与え、心からおわびしたい」、是永大輔病院長は「疑わしい症例も注意し、引き続き丁寧な診療に努めたい」と話した。


ここでようやく「双胎(ふたご)」「帝王切開」というあたりがわかりました。
双子の場合、それぞれの体重が単胎に比べると小さくなって低血糖を起こす可能性が高くなりますが、「体重や健康状態を表す指標が正常範囲内」というあたりでそこそこ出生時体重はあったのかもしれません。
双胎の帝王切開であれば、切迫早産予防のための管理入院で36週から37週の早い時期に手術が行われた可能性もあるので、そのあたり在胎週数の未熟性への対応が問われたのでしょうか?


私の勤務先のように産科診療所では双胎の分娩は取り扱いませんが、2500未満の低出生体重児や36週台の早産児、あるいは反対に4000g以上や在胎週数に比べて小さ目とか大きめで低血糖を起こしやすい赤ちゃんは、それほど珍しくなく遭遇します。


ニュース記事に書かれている血糖値40mgは確かに低めではあるのですが、臨床ではすぐに点滴が必要な状況ではないことがほとんどです。
私が勤務している施設では地域の周産期センターの新生児科からのマニュアルに沿っていますが、呼吸など全身状態に問題なければ、40mg前後であればまずミルクの授乳を開始し、適宜、血糖チェエクを行って血糖があがって来なければ新生児搬送という手順になっています。


「周産期医学必修知識 第7版」(東京医学社、2011年)の「血糖値の異常」では以下のように書かれています。

健常な正期産児では、生後の血糖値は臍帯結紮後、30〜90分で最低となる。その後血糖値は40〜80mg/dl.程度で推移し、9時間を越える絶食でも血糖値は低下しない。しかし、新生児は血糖調節機能が未熟であり、先天的・後天的要因や医原性の因子により低血糖高血糖をきたすことが多い。

低血糖症」の定義については以下の通り。

 血糖値と臨床症状が必ずしも一致しないこと、血糖値と長期予後の関連がはっきりしないことから、血糖値からみた厳密な定義は確立していない。週数を問わず、35mg/dl.未満は治療すべきであるが、臨床的には症状を呈する前に45〜50mg/dl.未満で治療を開始することが多い。


生後24時間以内は、初期嘔吐と呼ばれる「嘔吐」とも「溢乳」ともわかりにく状況がしばしばありますし、本当に判断が難しいところです。
何がどのように「不適切」であったのか、肝心なところが読んでもよくわからない記事でした。
再発防止策の参考になることは、来年の産科医療補償制度の報告書に載るのでしょうか?


判断ミスというより、わずかの判断の違いが引き起こす結果に気持ちが引き締まるとともに、過失のために病院名までニュースになると閉院やむなしという風潮が最近感じられることが続いているので、周産期医療の末端で働く私たちは何をどうしたらよいのでしょうか。



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