記録のあれこれ 11 <失敗を記録する>

「インシデントを認め、報告する」歴史の中で、1974年のダレス国際空港での事故を機に、1975年から「航空安全報告システム」がスタートしたという話を紹介しました。


そのスタートは難しかったようです。
「医療におけるヒューマンエラー なぜ間違える どう防ぐ」(河野龍太郎氏、医学書院、2015年第二版)から続きの箇所を紹介します。

 ところが、最初はうまくいきませんでした。なぜならパイロットや管制官、その他の航空関係社から大反対の声が起こったからです。理由は、FAA(*連邦航空局)は航空会社や航空関係者にとっては許認可庁となるため、そこに自分の経験した失敗を報告すれば処罰を受けるのではないか、という懸念からでした。そこで、FAAは自分たちが直接ASRS(*航空安全報告システム)を運用するのではなく、予算を確保して、システムの運用はアメリカ航空宇宙局NASA: National Aeronautics and Space Adoministration)に委託し、新たなASRSが1975年4月からスタートしたのです。ASRSは、主に米国の航空関係社(乗客や外国の航空関係者も報告できる)を対象にインシデント報告を集めており、2012年末までに100万件以上が報告されています。
(*は引用者による補足)


「ヒヤリとした」「危うく事故になるところだった」といった経験は、まずそれ自体を認めることが気持ちの上でハードルが高いものです。
自分の落ち度によるものではないかと、まず自分自身をかばいたくなるものです。


ヒヤリとした場面に遭遇した場合も、自分自身の責任というよりはシステム全体から見直したほうがよいのに、「自分の責任にされてしまうのではないか」というためらいもあります。


あるいは、能力不足で事故を起こしやすい人もいる反面、慎重に危険性を察知できる能力や経験がある人ほどヒヤリと感じることが増える可能性もあります。
そういう人は、「何度も報告をだせば自分はミスを冒しやすいと評価されてしまうのではないか」とためらうことでしょう。


90年代に日本の病院でもインシデントレポートが導入された時、スタッフの抵抗感が大きかった記憶があるので、1970年代半ばのこの大変革を成し遂げるのは相当大変だったのではないかと想像しています。


<報告が積極的に行われるための5つの条件>


この本の著者は、もともとは運輸関係のリスクマネージメントに携わっていた方だそうですが、医療のインシデントの収集数の多さと、実名で集めている施設がある2点に驚かれたそうです。
報告数が多いことは「報告する医療従事者の安全性の意識の高さ」として、また実名であることは「医療関係者がきわめて真剣」にインシデントレポートに取り組んでいると受け止めたようです。


ただし、インシデント報告がうまく運用されるための条件を以下のように示しています。

1. 懲戒処分に対する現実に可能な限りの保護
2. 極秘性あるいは匿名化
3. 報告を収集・分析する部門と、懲戒処分や制裁を行う部門の分離
4. 報告母体への迅速で、役立つ、わかりやすいフィードバック
5. 容易に報告できること


運輸や医療などのようにインシデント報告が取り入れられている分野からインシデントを発表する時に、「謝罪会見」のような扱いにしてはいけないことは、本来の目的である情報の共有と再発防止策をたてることを妨げてしまう可能性があるからです。


このことを社会に理解してもらうにはどうしたらよいのでしょうか。


すべての仕事にインシデント報告が必要なわけではないことでしょうが、「失敗をありのままに記録する」習慣が広がると、少しは理解してもらえるでしょうか。
日常生活の中でも、たとえば歩数計を2回もダメにしたとか。



案外、ヒヤリとしたりヘマをやらかしたことを認めて記録するというのは抵抗があるものですからね。



「記録のあれこれ」まとめはこちら