アドバンス助産師とは 14 <「出願商標『アドバンス助産師』」についての裁判>

私の周囲ではとんと耳にすることのなくなったアドバンス助産師ですが、最近はどうなっているのだろうと久しぶりに検索したところ、「知的財産権判例ニュース」の「出願商標『アドバンス助産師』について公序良俗を害するおそれがあるとはいえないとされた事例」という記事が公開されていました。


なんというか、虚を衝かれたというか、シュールなニュースだなあと思いました。
プリントアウトだけして、あとでゆっくり考えようと思った次第です。


「事件の概要」として以下のように書かれていました。そう「事件」なのですね。

原告が商標登録出願をしたところ、特許庁は、商標法4条1項第7号に当たるとして、登録を拒絶しました。

原告というのは、「一般財団法人日本助産評価機構」です。


「どのような助産師を育てたいのか」に書きましたが、「助産師」という名称が使われている団体や組織はいくつかあるのですが、ごくごく普通に臨床で働く助産師に本当に必要な問題をとりあげてくれている団体はなさそうな印象です。
それなのに、いつの間にか助産師に関係する大事なことが決まってしまう不思議な世界です。


さて、その日本助産評価機構の出願に対して、特許庁が拒否した理由が書かれています。

3. 特許庁の拒否査定


前期出願について、特許庁の審査官は、平成27年11月6日、「本願商標は、あたかも助産師の一種あるいは助産師と同等の国家資格であるかのように、需要者、取引者に誤信を生じさせるおそれがあることから、これを商標として登録、試用することは、取引秩序を乱すおそれがあり、社会公共の利益に反するものと認められる。したがって、この本願商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する」旨、認定・判断し、拒絶査定を下しました。


これは至極まっとうな判断だと思います。


<「需要者、取引者に誤信を生じさせる」>


「アドバンス助産師」の内容を見ると、ようやく一人前レベルを認証しただけですし、しかも初年度に登録された5000人余りの助産師は自己の分娩記録や経歴も自己申告でしたから、数年ぐらいの臨床経験があればそこそこ認められる制度でした。


正確な統計はわからないのですが、周囲のここ10年ほどの間に助産師になった人たちは、分娩施設の減少と集約化のあおりで卒後にまず大きな病院へ就職することになり、「分娩介助件数100例」のもつ意味に書いたように、何年たっても100例という分娩介助経験を積めずにいることが増えた印象です。


また、たとえば経験年数数年で「アドバンス助産師」を取得したとしても、その後はさらに上の資格がつくられるのか、反対に、どれくらい経験がなければその資格が無効になるのかもよくわからない制度です。
臨床から離れても、アドバンス助産師という肩書きがあるだけで、一生「信用」のひとつにされるのでしょうか。


今はまだアドバンス助産師の知名度はほとんどないので、産科施設に来る方々からその資格の有無を問われることもありませんから、実際の対応やケアでその助産師の能力を判断してくれていると思います。
ところが、マスメディアなどを使って「アドバンス助産師がいる施設は信頼できます」というような認識が広まれば、どうなるでしょうか。
「アドバンス助産師」を名乗る一人前レベルの助産師ばかりの施設のほうが、それを持たないけれど中堅や達人級のレベルの多い施設よりも信頼を得る可能性もあります。


「上級助産師」というニュアンスの目的は何なのでしょうか。
そして国家資格と言うのは、何を意味しているのでしょうか。


<虚を衝かれる>


驚くことに、裁判所は特許庁の請求不成立を覆して、原告側の主張を認めたとあります。

本願商標は、助産師でない者を『助産師』と称するために出願されたものではないから、本願商標が登録されたからといって、保助看法42条の3第2項の規定に違反するおそれがあるということはできない。

本願商標は、『上級の助産師』の意味が生じる語を日本語表記及び英語表記で表示したものであって本願商標全体としても、『上級の助産師』の意味を生じるということができる。
ところで、『アドバンス助産師』制度は、助産関連5団体によって創設されたもので、『アドバンス助産師』を認証するための指標は、公益社団法人日本看護協会が開発したものであるから、その専門的知見が反映されているものと推認されること、(以下、略)

助産師個人認証制度に登録商標をつけるという発想自体、現代の医療職には似つかわしくないと思うのですが、このニュースレターでは裁判所の判断を妥当として以下のような説明も書かれていました。

原告の、「類似の民間資格等が出現することを防ぐ」という利益は、まさに商標法によって保護されるべきものでしょうから、特許庁は、原告に過度な主張立証の負担を課すことなく、登録を認めるべきであったように思われます。


ああ、この感覚がまさに助産師のさまざまな問題の根底にあるのではないかと、ふと感じた次第です。
虚像と妄想に満ちた世界さまざまな代替療法などの資格商売が林立する世界ですからね。


「自律した助産師」とか「院内助産」といったプロパガンダで、助産師のキャリアラダーまで登録商標にするのは、助産には「営業」という感覚が根付いているからであり、幅広い知見の集積の中から標準化を図る科学的な方法とは異なるのだと、この「事件」から感じました。




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