正しさより正確性を 10 <正しさを書くのは簡単だけれど>

私とニセ科学的なものについてのあれこれの「理想と現実」でも書きましたが、1990年代半ば頃から医療に関しての批判が多くなったと感じました。
当時、医療安全対策とか接遇とか医療現場も大きな変化がありましたから、参考になる批判ももちろんありましたが、「正しさを持って相手を貶める」かのような記事が増えて私は新聞を読むのをやめました。


ちょうどインターネットで各社の見出しや記事を読み比べられるようになった時代にもなったのは幸いでした。
最近はさらに新聞記事に取り上げられると、それまで地域に貢献していたことまでも忘れられて、医療機関が閉鎖される事態にもなるほどです。
「正しさ」ほど怖いものはない、と新聞で医療が批判され始めた頃の胃が締め付けられるような感覚が蘇ってきます。


さて、先日来の古賀選手のドーピング陽性のニュースですが、当初から各社ともに、古賀選手が故意に使った訳ではなさそうというニュアンスの記事でした。
たとえば、「スイミング・マガジン編集部」の「古賀淳也がドーピング陽性反応で暫定的資格処分 経過概要と今後」(2018年5月23日)の以下の部分と同じ内容をNHKを始め、他社も報道していることがほとんどでした。

 5年ほど前から十分に確認した上で自分に合ったサプリメントを5種類ほど使用していたという古賀は、今年に入り、食生活の改善をしたいと考えていたところ、知人を通して紹介された専門家から指導を受けていた。その中で、サプリメントの摂取プログラムを提供され、自らも確認した上で推薦されたサプリメントをインターネットで購入。この際にも米国アンチドーピング機構の公式サイトにある禁止物質を含むサプリメントのデーターベースをはじめ複数の情報源を元に確認し、2月から3月第2週くらいまで摂取していたが、下痢の症状などが発症するなど体調が悪くなったため、服用をやめている。


この強調部分を読むと、米国アンチ・ドーピング機構などのリストを選手自身が確認しても防げないことにどう対応できるのだろうと、その監視の厳しさに素朴な疑問がまず出ます。
中には、「スポーツファーマシストに相談すればよかったのでは」といった意見もありましたが、日本アンチ・ドーピング機構のスポーツファーマシストなら、この事態を止められるだけの情報があったのでしょうか。


<再発防止策には何があるのだろうか>



「何が出るかわからないからサプリメントはやめる」とか「選手に緊張感が足りない」という対応や批判は簡単ですが、こうしたどこから混入するかわからない物質を摂取する可能性は、薬やサプリに限らず口にするもの全て、時にはキスした相手が摂取したものでも反応する検査の厳しさそれ自体にも再発防止の視点で見直す必要があるのではないかと思います。


一回の陽性がその人の人生を台無しにしても誰も責任を取らない、そんな厳しい正義を求めること自体が尋常ではない世界だと思います。


そういう意味で、こういう記事が出たのは本当に残念でした。

競泳でドーピング 自らを守る厳しさ必要だ
(産経ニュース、2018年5月29日)



 2020年東京五輪を「クリーンな大会」として開けるのだろうか。大いに疑問である。
 今夏のアジア大会代表に選ばれた競泳男子の古賀淳也が、今年3月のドーピング検査で陽性反応を指摘され、代表を取り消された。
 競泳では昨年9月に大学生が違反したばかりだ。日本水泳連盟には危機感が乏しすぎないか。
 古賀は16年リオデジャネイロ五輪代表で、09年の世界選手権では100m背泳ぎで金メダルを獲得した。世界的な選手の違反に衝撃は大きい。
 ドーピングを日本スポーツ界への差し迫った危機と受け止め、各競技団体も対策を急ぐべきだ。
 古賀の代理人は、食生活改善のために摂取したサプリメントに禁止物質が含まれていた疑いがあると指摘する。この四半世紀で、競技現場のサプリ依存度は飛躍的に高まった。古賀も多いときで5種類を併用したと聞いて驚く。
 体づくりに必要な栄養を、健康食品で補うことは否定しないが、口に入れる以上は自己責任が伴う。インターネットでモノが簡単に手に入るようになり、玉石混交の中から安全な製品を選ぶ目を養わなければならない。
 日本案アンチ・ドーピング機構(JADA)は「本当に必要なのかを自問し、信頼できるスタッフに相談するなど細心の注意を払って欲しい」と警鐘を鳴らす。体のために摂取するつもりでも、非常に高いリスクを追っている。そのことを選手は自覚して欲しい。
 日本水連は近く、代表選手が使うサプリの調査を行うという。製品の安全性だけでなく、製造元や流通ルートの信頼性など、現場に正しい情報を提供するのは競技団体の役目だろう。
 平昌五輪では、スピードスケート・ショートトラックの男子選手が「ドーピング第1号」となり、カヌーでは、ライバル選手の飲料に禁止薬物を混入する信じがたい事実があった。カヌーの場合、競技団体が飲料を管理し、あるいは被害選手が開封済みの不審な飲料に口をつけなければ防げた。
 海外では初歩とされるルールが浸透していない。
 「日本勢にかぎって」という根拠のない思い込みが、現場の緊張感をそいでいないか。ドーピングで傷つくのは選手であり、日本スポーツ界の信用である。


もっともそうな内容ですが、疑うのはまずアンチ・ドーピングという「厳しい正義を求める運動」の方ではないかという印象を受けました。


それから、「陽性になった=違反」「陽性になった=ドーピング第1号」でもないと思うのですが、正しさよりは正確な記事を読みたいところですね。



<付け足し>


スポーツ関連のニュースで気になるのは、選手の名前が呼び捨てで書かれていることが多いことです。
英語などとは違って、日本語の文章は呼び捨てで書かれるよりも「選手」をつけてくださったほうが、相手への尊厳を守る印象があって良いと思うのですけれど。



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