菠薐草

今日もまた呪文のようなタイトルです。
これなら勘で読めそうですが、書くのは難しいかもしれませんね。


先日、岡山を散歩していて、あちこちに緑の葉っぱが育っていました。
ここ2週間ほど、スーパーでもほうれん草が安くなり、1束80円ぐらいなのでとてもありがたく買っています。高い時には300円近くなりますからね。
ほうれん草は、祖父のことを思い出す植物のひとつです。
祖父の家で食べたほうれん草ですが、それを畑で見た記憶はなくなっていたので、あんな感じで育っていたのかなと懐かしくなりました。
そして祖父のことを思い出すとともに、半世紀前のほうれん草と現在のものとの違いをあれこれと思い出しています。


祖父の家でほうれん草を食べた記憶は、冬休みでした。
ほうれん草というのは、葉っぱの青さと根の部分の赤さのコントラストが見た目には美しいのですが、根っこに近い部分の味は子どもだった私には苦手でした。
そんな私に、根っこの部分だけ山盛りにしたお皿を持って、祖父は「おいしいな。根っこの部分は甘くておいしい」と食べて見せるのでした。
そして「ほうれん草は寒さにあたると、ますます甘くなっておいしい」というようなことを言っていた記憶があります。


最近は、テレビのグルメ番組などでみんなが何に対しても「あま〜い!(おいしい)」と表現するのですが、半世紀前には「あまい」は「砂糖などの甘さ」でしたから、食事で甘い味付けのものは気持ち悪い味に思えて、私はほうれん草の根っこの部分がますます苦手になったのでした。
今でも、料理を「甘い」と受け止めるのは苦手なのはこの辺りに理由があるのかもしれません。


ほうれん草は好きなのですが、今に至るまで、調理の際には「おじいちゃん、ごめんなさい」と心の中で思いつつ、赤い部分は捨てて緑の葉っぱだけを食べています。


<ほうれん草の半世紀>



半世紀前に食べていたほうれん草と、最近のほうれん草は少し変化したように感じています。
まず、あの苦手だった赤い部分が全体に小さくなったように感じます。子どもの頃は根っこの1cmぐらいはかなり濃いピンクで独特の味があり、そして2〜3cmぐらいはピンクから緑のグラデーションの部分があったような記憶があります。
最近は、ほとんど緑で、赤い部分もほとんどなくなったかのようなほうれん草が多く感じているのですが、真偽のほどはいかに。
そして、子どもの頃はほうれん草というとアクが強い野菜の代名詞のようなもので、必ず下ゆでしないと口の中がなんともイガイガした感じになりました。
最近は、そのままスープにしたり炒めても、アクを感じないので手間が少なくなりました。


あまりに身近な野菜すぎて検索することもなかったホウレンソウですが、ググってみるといろいろと勉強になりました。


まず、やはり「生食用など例外はあるが、灰汁が多いので基本的に下ゆでなどの加熱調理が必要になる」とあります。
子どもの頃から、「ほうれん草はシュウ酸が多いので結石の原因になる」と母親から聞かされていました。食べる頻度や量にもよるのかもしれませんが、やはり下ゆでをした方が良さそうですね。


アクの強さには、品種の違いもあるようです。
JA全農やまぐちの「正直通信」の「ほうれんそうのお話」にこう書かれていました。

ほうれんそうの品種には、東洋種と西洋種があります。東洋種は、葉が細くて先がとがっていて切れ込みがあるのが特徴。アクが少なくおひたしなどに適しています。西洋種は、歯が丸く切れ込みがなく、西洋種(*おそらく東洋種の間違い)より葉に厚みがあるのが特徴。アクは東洋種より強く、葉が肉厚なので炒め物などの高温で調理する料理に向いています。
現在お店に出回っているほうれん草の多くは、この2種類の特性を生かした交配種で、さまざまな料理にも合い、栄養価も優れています。


東洋種と西洋種の歴史についてはWikIpediaに書かれていました。
葉が厚くてがっしりした感じのほうれん草の方が、日本に昔からあるものだとずっと勘違いしていました。

ホウレンソウの原産地は、中央アジアから西アジアカスピ海西部近辺と見られているが野生種は発見されていない。初めて栽培されたのはアジア、おそらくはペルシア地方(現在のイラン)だったと考えられている。ヨーロッパには中世末期にアラブから持ち込まれ、他の葉菜類を凌いで一般的になった。東アジアにはシルクロードを通って広まり、中国には7世紀頃、日本には江戸時代初期(17世紀)頃に東洋種が渡来した。伊達政宗もホウレンソウを食べたという。19世紀後半には西洋種が持ち込まれたが、普及しなかった。しかし、大正末期から昭和初期にかけて東洋種と西洋種の交配品種が作られ、日本各地に普及した。

日本では西洋種(葉が厚く丸みを帯びている)と東洋種(葉が薄く切り込みが多く根元が赤い)の2種類が栽培されているが、東洋種は病気、寒さに弱く虫がつきやすいため栽培が難しいという理由によりここ数十年の間に急速に西洋種もしくは西洋種の一代雑種に取って変わった。現在国内のスーパーで見かけるほうれん草は大半が西洋種であるが、東洋種の味の良さが近年見直されている。

祖父が青年になった頃に、交配品種が広がり始めたようです。



残念ながら、あの赤い部分の比率がどう変化しているかについては書かれていませんでした。
私が食べた祖父のほうれん草は、どんなほうれん草だったのでしょうか。