年末にふとつけたテレビで、高齢者施設で高齢者が働いて賃金を得るという方法を模索しているニュースを観ました。たしかテレビ朝日だったと思います。
ある施設では高齢者が野菜を栽培して近くのお店へ売るという方法で、こずかい程度のお金がその高齢者へ支払われていました。
また、まだ無報酬の段階ですが、日本語を学びたい海外の若者とスカイプを通して入所中の高齢者が会話をするという試みをしている施設もありました。
ああ、これだ!
「こんなことができたらいいな」と思って近日中にブログに書いてみたいなと思っていたのですが、広い世の中、同じような発想があちこちで生まれるものなのですね。
*人の手を受け入れていく準備期がある*
高齢者介護施設といっても、ほんのちょっとのお手伝いくらいで、まだ自力で生活が可能な人もたくさんいらっしゃると思います。
ただ、人生の最期に向けて他の人の手を必要とする場面が増えてくるグレーゾンの時期とでもいうのでしょうか。いつか、もしもの時に備えてそういう場所へと移る。
私もそうしようと考えています。
ただ、その時期の葛藤は、まだ自分でできることがあるのに、どこまでケアを受け入れどこまで見守られる側になるかが、刻々と変化していくことかもしれません。
本人にも先が全く読めない状況が死ぬまで続くのですから。
それは両親のこの10年ほどを観ていても感じました。
特に、一年ほど前、母は一時期完全に寝たきりになりそうな状況になりました。
回復しても車椅子がやっとで、トイレもその都度介助が必要になりました。ところが、最近、車椅子から一人でトイレへ行けるようにまでなりました。
父もそうでしたが「もうこれでダメかもしれない」と思う状況を何度か繰り返し乗り越えながら、自分の最期の日を迎える準備をすることが老年期の難しさでもあり、発達課題ともいえるのかもしれません。
*ケアされるだけではない何か*
10年ほど前に半身麻痺になり介護付き老人ホームへ入所した時に最初はさまざまなケアが必要だった母も、2年ほどすると身の回りのことはほとんどできるようになりました。見守られることは必要ですが、ここまでくると施設の中は息苦しくなるようです。
ストレスが溜まったことに対して、施設のスタッフの方も配慮してくださいました。植物が好きな母のために施設内の植物の手入れをお願いしてくださったり、近い範囲なら見守りなしで出かけられるようにしてくださったりしていました。
それでも、母は結局その施設を退所し、もう少し自立度の高い人が入るサービス付き高齢者住宅を自分で選んで移りました。
ただし半身麻痺が残るので、自由な生活というわけにはいきません。何をするにしても見守られる側という立場のストレスがあったような印象を受けました。
そうこうしているうちに、1年ほど前から特別養護老人ホームに移ることになりました。
この間のことをあれこれと思い返すと、もしかすると最も母にとって苦痛なのは、経済的なことも全て見守られているというあたりではなかったかと思います。
*何かの対価としての現金収入*
特別養護老人ホームといっても私の想像以上の施設でした。
個室ですし、広いホールからは遠く山並みが綺麗に見えます。車椅子の方が多いのですが、ホールでも自室でも好きなところでのんびりできます。リハビリもあり、また手芸や趣味を生かせるさまざまな催しがあったり、時にみんなで外出しての食事会もあります。
また、カフェがあって気分転換にちょっとお茶を飲んだり軽食を取ることもできますし、お菓子や日用品も買えます。時には外から果物や服などを販売に来てくれるようです。
看取りまで対応しているので、次に何かあっても別のことろへ移らなければならないという心配もありません。
至れり尽くせりですが、公的な施設なので一応、父の遺族年金で対応できる額です。
私だったら、これにネット環境があればもう大満足です。
やはり、ケアへの要求が高くなれば、ケアの質も高くなるのですね。
介護保険が始まってまだ20年ほどだというのに、介護の分野は生活と直結している分こういう現実的なニーズがきちんととらえられて改善されていくと、頭が下がる思いです。
こんなに恵まれた環境ですが、母を見ていて思うことは、経済的にだれかに依存していることの心苦しさがいまのストレスかもしれません。
ほとんどお金を使う必要がないのですが、日用品やお菓子を買うのに現金が必要です。
お金の管理は息子がしているのですが、母自身の貯金なのになかなかお金を欲しいとは言えないようです。子どもや孫に少しでも残しておきたいという気持ちと、娘からこずかいをもらうことの心苦しさ。
私も母に「おこずかいをあげる」立場というのは、何となく気持ちが落ち着かないのですね。
こういう施設に入所しても、ある程度の貯金を自分で管理できるとか、あるいはケアを受ける一方の立場でなく、ここでも何か自分にできることをしたらその対価が得られる。
そんな小金の循環があったらいいな、と最近思っていたのでした。
現金でなくても、それこそポイント制でもいいかもしれませんね。
洗濯物たたみを手伝ったら5ポイントとか。
あるいは趣味や経験の話を生かして、勉強会をしたら10ポイントとか。
それでコーヒーを飲みにいくなんて、ちょっとワクワクしませんか。小金が回る楽しさのようなものが、人生の大事なひとつかもしれませんね。
「小金がまわる」まとめはこちら。