他者に関心を持つということ 1 <自分探し>

タイトルにした人生訓のようなことを語るほどの中身も持たない私ですが、さすがにここ数日の「親学」の話題にはびっくりして何かを言いたくなりました。
あくまでも一個人の感想ですが。



<自分探しの時代>


二十数年前、いつもくよくよして消極的だった同僚がある時からものすごく前向きになって元気になり、周囲の人に「今度一緒に行こうよ。自分を見つめられる機会で、すごくいい人たちのあつまりだよ」と誘うようになりました。


すでに自己啓発セミナーというあやしげなものがあるということを知っている人も増えていたので、他の同僚たちも彼女を引きとめようとしましたができませんでした。


別の友人がやはり誘われてそのようなセミナーに参加しました。
「皆で手をつなぎあって、いろいろなことを話ながら感動しあって泣くの。『手をつないで、皆さん海の中にいて鯨に出会った様子を想像して』とか。馬鹿らしくってやってられないよって、初日に逃げ出してきた。」


なぜある人にとっては馬鹿らしい内容が、もっともらしく広がっていったのでしょうか。


1980年代、日本はどんどん豊かになって当時20代の私たちは経済的にも困ることはなかったし、就職も人生も明るい将来だけを描けるような時代でした。
だからこそ、皆、気持ちのどこかには「人生そんなにうまくいくはずがない」と根源的ともいえる不安を持っていたのでしょう。
自分探しとか自己啓発という言葉があっという間に社会に広がっていった印象があります。


そういう私も、その頃はまだ変わり者ぐらいに見られていた海外援助に興味を持って東南アジアの国へ行きました。
社会のために何かしたい。
そんな若者の正義感だったのですが、今考えればあれが私の自分探しの旅といえるでしょうから、自己啓発セミナーにはまった友人と大差ないと思っています。


<自分探しの世代が大人になると>


最近セミナーや資格取得が花盛りですね。
仕事がより専門化していくなかで、職場内のOJT(On the Job Training)だけでは実技的、実務的な研修がおいついていかないので外部の講習を受けることも必要になってきます。


でも「親学」とか「誕生学」なんて、学問になり得ないものに「学」をつけてセミナーが成り立つ今の世の中は何なのだろうと思います。
そしてお金をだして講習を受ければ誰もが簡単ににわか講師だのアドバイザーだのの肩書きを得ることができ、セミナーを開ける世の中。
さらにそのなんとか学に登録商標までついてしまうなんて、世も末。


けれども需要があるから成り立つわけで、誕生学なるものが出産ビジネスとして出てきたときからなぜ需要があるのだろうと考え続けていたところに今回の親学の話題でした。


行き着くところは、やはり「自分」「自分探し」ではないかと考えています。


表向きはこどものためにという「親学」も、視線はこどもではなくて「親の自分」であり、「いのち」の大切さを伝えるとかいう誕生学も、「いのちの大切さを伝えようとしている自分」なのではないでしょうか。


一見、こども(他者)への関心があるようで、大きく弧を描いて自分への関心になっている、そんな感じがします。


自己啓発セミナーに出会って目を輝かせていた友人と、こういうなんとか学で「感動する自分」に感動する人たちの姿が重なります。
自分探しの世代が親になったということでしょう。




<他者に関心を持つということ>


人が生まれ、悩み、病になり、老い、そして死んでいく。
その短い人生の悲喜こもごもは、自分で考え自分で受けて立つしかないのだと思います。
人生の思うとおりにならないことはたくさんあるけれど、誰かが簡単に答えを教えてくれて解決するようなものではないので、自分自身で耐えていくしかないことでしょう。


自分のこどもがあるいは友人が困難にある時、どんなに苦しいことだろうかと理解したいけれども見守るしかないものです。けれど、その困難の先にある結果、たとえそれが悲惨な結果であっても、こどもや友人を受け止めることこそ真に他者に関心を持つということではないでしょうか。


何かセミナーを聞いたらよい親になれるとか、これがよい出産でそういう体験をすればよい親子関係になれるとか、そこにあるのはまず「自分」であり「自分がイメージした親子関係」を求めているわけで、こどもという他者の存在がどうも私には感じられないのです。


「自分探し」の中から、他者との関わりに気づいて狭い自分から抜け出られた人もいることでしょう。
でもずっと自分探しのままだということに気づかないと、表向きは人のため世のためであっても、結局は自分が大事ということで「他者との関わり」を大事にすることとは対極にある人生を送ることになるのかもしれないですね。


そんな自分探しや自己啓発セミナーとニセ科学は親和性が高いということをkikulogに出会わなかったら、まだ気づかないでいたかもしれません。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/



大阪市会議員団による家庭教育支援条例(案)では、母子手帳交付時や乳児健診時に講習を受けることが提案されています。
またまた一部の助産師が、出番とばかりに喜んで巻き込まれていくのではないかと一抹の不安を覚えました。
次回はそのあたりを書きたいと思います。