完全母乳という言葉を問い直す 8 <ラ・レーチェ・リーグについて>

前回の記事で、ラファエル氏は「母子擁護グループの強圧的な行動」を批判していることを紹介しました。


ラファエル氏の著書の中にはグループ名は書かれていませんでしたが、国際的な母乳推進運動の中心になってきたのがラ・レーチェ・リーグ(LLL)というアメリカで1950年代末に作られた母親の団体です。


今回の記事はラファエル氏の著書を一旦離れて、エリザベート・バダンテール氏の「母性のゆくえ 『よき母』はどう語られるか」(松永りえ訳、春秋社、2011年3月)の内容を紹介しながら、このラ・レーチェ・リーグの運動について考えたいと思います。


<ラ・レーチェ・リーグとは>


バダンテール氏は、「母乳戦争」という題の章でラ・レーチェ・リーグを紹介しています。

1960〜70年代、母乳育児は若い母親が仕事を続けることを可能にする哺乳瓶に立場を譲り、母乳を与える母親はほんの少数派でしかなくなっていた。その傾向が今日覆されているのが目に見えてわかるのは、米国の母親団体による過激な活動と驚嘆すべき戦略に負うところが大きい。団体ラ・レーチェリーグ(LLL)とその歴史には驚かされるばかりだ。

難しいかもしれないという不安を持つことなく母乳育児を実践できるよう、「母親同士で」助け合うラ・レーチェ・リーグを設立したのである。7人の創始者はいずれもカトリック教徒であり、伝統主義的な姿勢で知られるCFM(Christian Family Movement「キリスト教徒家族運動」)の活動家であった。

ラ・レーチェ・リーグの名前の由来については原注の中に書かれています。

この名前はラ・レーチェ・リーグ(LLL)の創始者の一人であるメリー・ホワイトの夫がつけたものだ(彼自身、自然分娩を強く勧める産科医である)。
女性が幸せに出産するのを見守り、母乳をたっぷり授けるといわれる、スペインで聖母として信仰されている聖アウグスティナをたたえた名前だという。


ラ・レーチェ・リーグの活動の特徴は小規模なディスカッショングループを組織してメンバー同士が支えあう方法なのですが、「1961年には43あったグループが、71年には1260、76年には3000近くまで広がり、1981年になるとグループリーダーの数は1万7000人を超えるようになる。」と全米にあっという間に広がります。


<私とラ・レーチェ・リーグの出会い>


ラ・レーチェ・リーグは「母乳育児をする女性のバイブル」(バダンテール)ともいえる「だれにでもできる母乳育児」という本を出版しています。


日本でも1990年代初めには、メディカ出版から日本語訳が出版されていました。
当時の日本の産科病棟では、それまでの母子別室・時間毎の規則授乳から母子同室・赤ちゃんが欲しかる時に欲しいだけという自律授乳に大きく変わっていった頃でした。


頭では自律授乳のよさはわかっていても、本当に大丈夫だろうか、どのようにお母さんに説明したらよいだろうかと試行錯誤していましたが、その頃は桶谷式が出している出版物ぐらいしか参考になるものはありませんでした。
「自然育児」「母乳で」と言いつつ、それらの出版物の中では「おいしいおっぱい、よいおっぱいのためには目覚ましをかけてでも3時間ごとの授乳を」あるいは「飲みやすいおっぱいにするには、マッサージによって柔らかい状態にすることが大事」と強調されていて、それは求めている自律授乳の答えではありませんでした。


そういう時に出会ったラ・レーチェ・リーグの本は、まさに知りたいことがたくさん書かれていて参考になりました。
その本を読むだけで、ふと肩の力が抜けて母乳をあげてみようとお母さんたちが思えるような内容でした。
また「出生時体重に1ヶ月程度で戻っても、赤ちゃんの全身状態がよければ大丈夫」(*)といった小児科医のアドバイスも入っていて、臨床での不安や疑問にたくさんの答えが得られる本でした。
(*ただし、現在では明確な根拠はまだない状態だと思います)


ところが、その後、WHO/UNICEFの「母乳育児を成功するための10ヵ条」(1989年)、「赤ちゃんにやさしい病院・BFH」運動(1991年)が日本でも10年ほど遅れて広がりだした頃から、そして「完全母乳」という表現が出始めた頃から、私は母乳を勧めることにとても息苦しさと違和感を感じるようになりました。


<侵すべきではない聖なる法>

バダンテール氏はラ・レーチェ・リーグのインターネットサイトの英語版で「母乳育児の十戒が掲げられていることについて、以下のように書いています。

聖書の十戒と形式も口調も同じものだ。ルールや助言にすぎなかったものが、侵すべきではない聖なる法となり、それぞれの戒めにはコメントがつけられている。

そう、息苦しさや違和感はそこにあったのだと思います。
そしてバダンテール氏は書いています。

結論はもう決まっているのだ。
よき母親とは母乳を与える母親である。

途上国の乳児死亡率を下げる解決策であったはずの母乳推進運動は、乳児死亡率の高くない先進国の女性を授乳に縛りつけ「母乳哺育のエリート」を生み出す方向になってしまっているのではないか。
そんな母乳哺育のための支援は、私はしたくないと思うこの頃です。


次回は、「母乳哲学の十か条」について引き続きバダンテール氏の本を参考にみていきたいと思います。




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