完全母乳という言葉を問い直す 16 <退院後のフォローがあればできるのか3>

「なかなかおっぱいに吸いつけない」「授乳時の痛みやトラブル」でのフォローも、最初は本当に手探り状態でした。
今日はそのあたりの失敗談です。


ところでこの完全母乳のシリーズを書くきっかけになったのは、ニューヨークの「ラッチ オン NYC」という母親の母乳支援の記事でした。
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120512


日本でも10年ほど前からでしょうか、この「ラッチ オン」「ポジショニング」という言葉をよく耳にするようになりました。
日本語で言えば「(授乳時の)吸いつかせ方」「(授乳時の)抱っこのし方」です。
英語だとまるで何か新しいことを取り入れたかのように思う方もいるのではないかと思います。


最初耳にした時には私も何か新しい方法かと思いました。
で、内容を知った時には、「そんなことずっとやっていることではないか」というのが第一印象でした。
実際に、二十数年前の助産の教科書にも「深く吸わせる」「適切な位置に抱っこする」ことが授乳の基本中の基本として書かれています。


ところが、何事も教科書どおりにはいかないのが現場の悩みです。


<なかなか吸いつかない赤ちゃん>


新生児の頃、おっぱいに近づけただけで激しく泣いたり、吸いつかない、あるいは吸いつけない赤ちゃんがいます。


最初の頃は、深く乳首を巻き込ませるように介助すれば吸うものだと思っていました。
ですからそれこそ真っ赤になって泣いて拒否する赤ちゃんを押さえ込んで、直接吸わせる練習をしていました。
そのうちに、新生児は目が覚めてすぐに「おなかがすいた」という深い飲み方になるのではなく、くちゅくちゅと浅い吸いかたをして「おながかぐっと動く(胃結腸反射)のを待っているのではないか」と考えるようになりました。


それについては「新生児にとって『吸う』ということはどういうことか 6」
http://d,hatena.ne.jp/fish-b/20120218/1329528577で書きました。


こういうなかなか吸わない赤ちゃんの場合、お母さんの乳首も一見、短めだったりします。
だから「吸いにくい乳首ね」と、判断されてしまいがちです。
その一言を言われただけで、お母さんにするととてもショックで不安は大きくなります。


ところが不思議なことに、分娩直後であれば多少乳首が短くてもひっこんでいても、新生児はぐんぐん巻き込んで吸いつくことがほとんどです。
生後数時間ぐらいすると「吸いつけなくなる」のはどうしてなのだろうと、思っていました。


でも、入院中になんとか吸わせなければ赤ちゃんは「哺乳ビンになれてしまうのではないか」とこちらも不安になるので、毎回の授乳時間は泣き叫ぶ赤ちゃんを吸いつかせるスパルタの時間になっていました。


以前は「乳頭混乱」という表現はなかったのですが、おそらく助産師の多くがこういう「吸わない赤ちゃん」に手を焼き何とかしなければと思った体験があるのでしょう。
「新生児にとって『吸う』ということはどういうことか 8」
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120227/1330305850で紹介したように、「不適切なラッチ オン」という考え方が出てきて吸いかたを訓練する必要があると思うようになるのも、仕方が無いかと思います。


<タイミングを待つ>


まずこういう赤ちゃんの場合、ほとんど100%といってよいほどお母さんが初産婦さんで初めて直接授乳をする方であることに気づきました。


おそらく新生児が腸蠕動を待つ間にくちゅくちゅと舌先だけで浅い吸いかたをしたい時に、初産婦さんの乳首・乳輪は弾力があるのですべってしまうのではないかと推測しています。


泣き叫ぶ赤ちゃんでも、ふとしたタイミングで急に吸いつくことがあります。
それは何度も何度も腸蠕動の波が終わってうんちをした後などに、急に深い巻き込み方をするのです。介助も全く不要です。


でもそれは真夜中の1時2時ごろなので、たいがいはお母さんスタッフ共に根負けしている時間帯です。


泣き叫ぶ赤ちゃんに直接吸わせる練習をし、拒否されて落ち込み、ミルクを足してさらに落ち込み、おっぱいは吸ってもらえないと張りが強くなるので搾乳をしてと、一旦赤ちゃんが起きだすと2時間ぐらい授乳に時間がかかり、お母さんたちは心身ともにへとへとだったことと思います。
疲れて少し眠ろうとすると、また赤ちゃんが起きだして・・・の繰り返しです。


またこういう「授乳に問題のある母子」は、しっかり助産師が側について特訓の対象になりやすいので、お母さんは逃げるわけにもいかずでも退院後のことも不安だし頑張らざるを得ない状況に追い込まれていきます。


<作戦を変える>


今思えば、こういうお母さんと赤ちゃんを入院中になんとかしなければという私自身の不安も大きかったのだと思います。


お母さんと赤ちゃんたちにかわいそうなことをした、と反省しています。


今は作戦を変えました。
入院中の場合、赤ちゃんが目が覚めて泣き出した時にはまだ「おなかがすいた」ではないことが多いのでこのタイミングで吸わせようとすると拒否されます。
なので先に10mlぐらいのミルクをあげます。そうすると一気に胃結腸反射が起こって、赤ちゃんはたくさん飲まなくてもほっとして落ち着きます。
このあと、直接授乳を試してみます。
吸いつく場合には、このタイミングで待ってみるようにします。


何をやっても吸いつかない場合は、おそらく産後2〜3週間ぐらでお母さんのおっぱいがとても柔らかくなった時期まで待てばほとんど大丈夫なので、お母さんにそういう見通しをお話して、直接授乳の練習よりも手で搾る練習を始めるようにしています。


搾乳も無理の無い程度で大丈夫です。
そして産後2〜3週間目ぐらいで、赤ちゃんとの生活のペースも少しでき始めておっぱいも柔らかくなった頃を見計らって、直接吸わせる練習に来院してもらいます。だいたい1〜2回で直接授乳に切り替えることができています。


来院してもらう時間帯は、赤ちゃんが活発になる夕方にするようにしました。
多くの母乳外来は日中、特にできるだけ午前中に予約をいれるのではないかと思いますが、生後1ヵ月以内の赤ちゃんにしたら深い眠りに入る時間帯なのです。
せっかく来院してもらっても、眠ってしまうことでしょう。



この赤ちゃんが直接吸ってくれるまでの2〜3週間というのは、お母さんにとって、特に初めてのお母さんにとってはとても不安で長い時間です。
また泣き叫ぶ赤ちゃんに吸いつかせる練習というのは、せつなすぎることでしょう。


吸いつかせるテクニックではなく、2〜3週間待ってみる。その間、不安や相談に対応するフォロー体制をとれば大丈夫と考えています。


そして経産婦さんの場合、たとえ一人目の時にほとんど吸わせなかったという方でも最初からとても柔らかく、また母乳の出方も早いので、ほとんどこういうトラブルはないのです。


ミルクをうまく使いながら待ってみる必要がある人もいるということです。
「出なくなる」「吸わなくなる」と脅かす必要はないのだと思います。




「完全母乳という言葉を問い直す」まとめはこちら