完全母乳という言葉を問い直す 25  <「災害時こそ母乳」は誰に向けたメッセージだったか1>

救援物資を必要とする災害とはどのような状況でしょうか。
豪雨や台風での一時避難から、昨年のような巨大地震津波そして原発事故と複雑で広範囲な地域の長期化した避難までさまざまです。


そのような中で、家を失い避難所生活が長期化する方もいれば、自宅にはいられるけれども仕事も収入も、あるいは健康も失って救援物資が必要な場合もあることでしょう。


まだ私たちの予想を超える災害や避難状況も起こる可能性があります。


自分に火の粉が降りかからないと、なかなか「備えよ常に」という意識は出ないものです。


<災害時の妊産婦、乳幼児の支援>


3月11日の記事で紹介した日本小児科学会の「避難している妊産婦、乳幼児の支援ポイント」が、どのような状況にあっても基本的な考え方が簡潔に整理されているのではないかと思います。
「避難している妊産婦、乳幼児の支援ポイント」
http://www.jpeds.or.jp/pdf/touhoku_10.pdf

もういちど、その中の「授乳」の部分を再掲します。

・母乳育児をしていた場合は、継続することが重要。ストレスなどで一時的に母乳分泌が低下することもあるが、その場合も不足分を粉ミルクで補いつつ、おっぱいを吸わせられるよう、安心して授乳できるプライベートな空間を確保できるよう配慮。
・調乳でペットボトルの水を使用する場合は、赤ちゃんの腎臓への負担や消化不良などを生じる可能性があるため、硬水(ミネラル分が多く含まれる水)は避ける。
・お湯が用意できないときには、衛生的な水で粉ミルクを溶かす。授乳毎に準備し、残ったミルクは処分する。
・哺乳瓶の準備が難しい場合は、衛生的なコップなどで代用する。
・哺乳ビン・コップを煮沸消毒や薬液消毒できない時は、衛生的な水でよく洗って使う。

また日本小児保健協会という団体から、2011年3月24日付けで「災害時乳児栄養情報」が出されています。
http://plaza.umin.ac.jp/~jschild/news/110324.html


地震発生直後は、多くの地域で粉ミルクが足りないという事態が発生し、粉ミルクが入手困難な場合に、代わりにどのようなものを与えたらよいかという問い合わせがありました。」として、災害発生直後の母乳栄養、粉ミルク利用の場合、そして粉ミルクの入手困難な状況の3ケースに対応できる情報が書かれています。


この2つの情報を知っておけば、母乳栄養、混合栄養そして人工栄養のどの授乳方法であっても災害発生直後の混乱時期を乗り越えることができるのではないかと思います。


<東京都の「妊産婦・乳幼児を守る災害対策ガイドライン」>


災害発生時にどこで被災したかによっても、直後の状況は大きく変わります。
外出先で被災すれば、自宅に備えていた防災用品を持つこともなく避難生活に入る可能性があります。


東京都の上記ガイドラインには、どれだけの乳幼児用調整粉乳が必要かなどの考え方が書かれていて参考になります。
(うまくリンクできないので、お手数ですが上記名で検索してみてください)


たとえば、「首都圏直下型地震による東京の災害想定」での「避難所生活者の最大級」は約260万人、そのうち「避難所での調整粉乳が必要な乳幼児人口母数」は約4万2000人という計算です。(p.32)


またp.44の[コラム8]には以下のように書かれています。

防災対策の鍵となるのは、母乳育児の母親への調整粉乳の備蓄と携帯のススメ

・都内の乳児を持つ母親の約5割が母乳育児です。
(「都民アンケート」でのほ乳状況・・母乳53.2%、調製粉乳22.2%、混合栄養24.6%)
・調査の結果、母乳育児の母親は、調製粉乳や混合栄養でのほ乳に比べて、調整粉乳の備蓄も携帯も少ないことがわかりました。防災対策という面では、被災のショックにより母乳が減ったり止まったりすることに備えて、すべての母親が、調整粉乳を備蓄・携帯することが重要です。

そのような自助努力にくわえて、「被災直後から最初の3日分は区市町村が支援するという考えかたのもとに、避難所で過ごす人口分として42,000人分を見込み、被災後4日目から7日目までの4日分を、流通備蓄により確保している」としています。

(*流通備蓄というのは、商品として店頭に流通したミルクを非常時には支援物資にする契約です)


<災害時の食事や栄養補給の活動の流れ>


東京都の上記ガイドラインにも「妊産婦・乳幼児の規模算定にあたっては、阪神・淡路大震災(交通網が比較的早く復旧し、被災地から疎開をした人が多かったため、避難所に乳幼児が少なかった)や、新潟県中越地震(妊産婦・乳幼児の人口が少なかった)など、過去事例での被災者数は、地域の特性や被害の状況に影響される」(p.32)と書かれています。


農村あるいは、家庭菜園など食糧を自給可能な地域と都市部のように食糧配給に全面依存する地域とでは、同じ日本の中でも母乳栄養を続けられるかどうか条件は大きく変わります。


昨年の広範囲、長期にわたる避難を余儀なくされた東日本大震災で、被災された方々の食事はどうしていたのでしょうか。


「母子保健情報 第64号」(2011年11月)の「災害時の栄養管理」がネット上で公開されていました。
http://www.aiiku.or.jp/aiiku/syuppan/boshi64/boshi64_18.pdf


災害直後の栄養管理は、「フェイズ0  発生直後から24時間以内」「フェイズ1  72時間以内」「フェイズ2 4日目〜1ヶ月」「フェイズ 3 1ヶ月以降」と分けて考えるようです。


フェイズ0では、水・ガス・電気が使えない状況における備蓄食品による支給を想定しています。
「通常24時間以内は、成人対象の食事が1回程度」、その成人に対しても「遅くとも24時間以内に最低量として、水1.5lは必要である。食事としては、最低でもおにぎり2個は摂取したい」という状況です。


24時間から72時間の間に、自衛隊を始めとした「炊き出し」や「巡回栄養相談」によるニーズの把握が可能になっていきます。


東日本大震災の様子は以下のように書かれています。

東日本大震災においては、広域的被災と交通事情により、多くの避難所が食糧・栄養不足、栄養バランスの不均衡が発生した。日本栄養士会の調査によると、避難所によって差が大きくあり、3週間過ぎても1日1,000Kcalのところもあった。避難所の食事には格差があり、いくつかの避難所は、約3週間を経ても菓子パンとおむすび1個の食事でさらに朝食抜き昼夜2食の避難所がいくつかあった。一人当たりの摂取エネルギーは、1週間後は1日平均500Kcalで、3週間後でも1日1,000Kcalであった。災害発生3週間後には生活不活発病や低栄養の人も現れていた。野菜(ビタミン類・食物繊維)・たんぱく質の不足は明らかである。


どのような状況にあっても、出続けるほど母乳はミラクルなのでしょうか。


「災害時こそ母乳を」と言われることが必要な場合もあるかもしれません。
「災害時こそ母乳で」のメッセージで「大丈夫」と安心感を得た方もいらっしゃったかもしれません。
でも少なくとも、避難所で3週間近くも1,000〜1,500Kcalの食事と、トイレ・入浴など不自由な心身ともに極限の状態と言ってよいような生活を余儀なくされたお母さんたちではないと思います。


少なくとも、あの未曾有の大震災で被害の全貌もわかっていない状況に出すメッセージとしては早すぎたのではないでしょうか。


もう少し続きます。




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